ファントム・サイバー
Link4 ザキマ
《1》
どっかの誰かがアジトに侵入しやがった。さっきからサイレンがうるせえ。
「ったく、そのガキを奪い返しに来たのかよ……。どうしてそんなガキなんて攫ったんだ?」
オレ様は大狼にガンを飛ばしてやった。ったく、いつものことだけどよ、ぜんぜん動じねぇーでやんの。サイバースコープのせいで表情も読み取れねえ。
「教える必要はない」
ハッキリ言いやがった。ホントあったまくるぜ。
オレ様は舌打ちをして床に唾を吐き捨てた。
上目遣いでオレ様は大狼の背中を見た。奴は自分の椅子に座ろうとしてるとこだ。腹いせにオレ様は殴りかかってやった。
「ふざけんなよ!」
背後を向けてても、奴のディフェンスは完璧だった。ファイアウォールに阻まれて、オレ様の拳は奴に届くことはなかった。
ファイアウォールに弾かれてオレ様は床に尻をついた。ったく、やってらんねえ。
大狼は振り返ってオレ様を見下した。
「お前は頭の悪い人間ではないはずだ。だが、すぐに頭に血を昇らすためにバカに見える」
「ケッ、オレ様を怒らせたのはどこのどいつだよ?」
「私だとでも言いたいのか?」
「そうだ、他に誰がいる!」
「そんなに彼女のことを知りたいのか?」
そう言って大狼はガキに顔を向けた。奴が自ら攫ってきたガキだ。カワイイ顔した少女だけど、もしかして大狼の奴ロリコンだったのかよ?
オレ様はガキを舐めるように見た。
「このガキに何ができるんだよ?」
「ガキ、ガキってうるさいんじゃボケッ!」
ガキが言い返してきやがった。顔に似合わず口が悪いなこのガキは。
オレ様はガキをぶん殴ろうと拳を上げたが、その拳を大狼が抑えやがった。
「やめておけ、少女を殴る気か?」
「この世界で大事なのは見た目じゃねえ、中身だ」
「では、彼女がもし本当に少女であれば殴らないか? 彼女の正体は何だと思う?」
そんなの簡単だ。ハッキングすりゃすぐにわかる。
オレ様はポケットからステッカーを取り出し、ガキのおでこに叩き貼ってやった。このステッカーはオレ様の特別製のプログラムだ。これを対象物に貼り付ければ、ハッキングは簡単になるって代物だ。簡単に言えば相手の中に侵入する入り口を作るってとこだな。
「ウチに何する気?」
ガキは喚いて、両脇にいる戦闘員を振り切って逃げようとする。だが、ガキの首にはプログラムを制御する首輪がついてる。これをつけられたら誰だって本来の力が出せねぇ、オレ様だってムリだ。
オレ様がジャケットの胸ポケットからサングラスを出して掛けた。サングラスのレンズにパソコンの画面が映し出される。これの制御は手に嵌めたグローブで行なう。
そこにキーボードがあるように、空気の上でブラインドタッチする。知らない奴が見たらピアノでも弾いてるみたいな格好だ。
オレ様はさっそくガキの中に侵入しようとした。
「……そんなバカな」
思わず口に出しちまった。
大狼の口元がオレ様を嘲るように笑いやがった。
「どうした? 彼女の正体はわかったか?」
「……っ、もう少し待ってろ!」
「待つのは構わんが、ハッキングできる見込みはあるのか?」
「…………」
ねぇーな。このガキはここに存在してない。目で見えるのに、プログラム上はそこに存在してない。ないモノのハッキングなんてできねえ。
オレ様はサングラスを胸ポケットにしまった。これ以上やってもムダだ。
大狼の野郎はいつの間にかリクライニングチェアに座って寛いでやがる。
「彼女はこの世界の住人ではない。事例は少ないが、たまにそういう者がこの世界に紛れ込むのをお前も知っているだろう?」
「ああ、ハッキングできねえ奴がいるのは確かだ。けどよ、この世界の住人じゃねえってのは、まだ信じてねえぞオレ様は」
たまに大狼はたわ言を抜かしやがる。この世界は現実じゃねえなんて言うんだ。オレ様はここに存在してるし、自分の意思で動いてる。どこが現実じゃねえって言うんだよ?
オレ様はガキの顎を掴んで顔を真正面に向けた。
「オイ、てめぇ本当にこの世界の奴じゃねえのか?」
「バカに説明したくない」
「バカとはなんだてめぇッ!」
「バーカ!」
ガキが蹴り上げた爪先がオレ様の股間に当たった。
「うっ……」
すぐに反撃してやりたかったけどよ、痛みでそれどころじゃねえ。
「てめぇぶっ殺してやる!」
クソッ、声を絞り出すので精一杯だぜ。
痛がるオレ様を見ながらガキは舌を出してあっかんべーしやがった。あとで絶対殺してやる。
オレ様の痛みが引いてきたとこで、大狼が呟いた。
「そろそろ来るな」
アジトに侵入した美男子が、ここまで着やがったようだな。
壁に取り付けられた65V型の液晶に美男子の姿を映し出されてる。なかなかハデに暴れてやがるぜ。
おっ、ついにこの部屋の前まで着やがった。
部屋の扉をハデに開けて美男子が飛び込んできた。
オレ様は液晶ディスプレイから、本物の美男子に顔を向けた。
「ケーケケケッ、よく来たな美男子さんよ」
楽しくなりそうだぜ。
大狼が戦闘員に命じる。
「ナイを隔離フォルダに入れて置け」
「キーッ!」
戦闘員から逃げようとガキが暴れる。
「ウチのこと放せってば! このエッチ痴漢変態!」
ガキがいなくなったとこで、大狼が美男子に顔を向けた。
「色々と取り込んでいる最中だったので失礼した。さて、君の用件を聞こうじゃないか?」
「なぜお前はこの世界を破壊しようとしている?」
大狼が口を開く前にオレ様が言ってやった。
「そんなの楽しいからに決まってんだろバーカ!」
「お前になど聞いていない、オレは大狼君と話しているんだ」
「ケッ、大狼君、大狼君ってオレ様のことはほったらかしかよ気に食わねえ」
これでもオレ様はナンバー2だぜ。いつか必ずオレ様がナンバー1になってやる。
壁に寄りかかって見物でもさせてもらうか。
おっ、大狼が立ち上がったぞ。いつにヤル気か?
「最初は、破壊そして、創造を楽しんでいるだけだった。しかし、私はいつしかこの世界の真理を追究していたのだよ。などと言っても君には理解できないだろうがな。君はなぜ私に会いに来た、ただ私を倒すためか?」
「それもある。だが、オレがこの世界に来たのは情報が欲しかったからだ。この世界にある膨大な情報にアクセスできるお前の力が必要だった」
「引っかかる言い方をしたな。貴様、この世界の人間ではないな?」
あの美男子もかよ。たまにしかいねえハズなんだけどよ、こうも簡単に現れると、ホントは結構いるんじゃねえかと思うな。
おっ、来た来た。やっと来たぜ。
戦闘員どもが部屋に流れ込んできた。
「袋のネズミだな、ケケケッ」
どうする美男子さんよ?
大狼が戦闘員どもに合図を送った。
「デリートするな。その男には聞きたいことがある、生け捕りにしろ!」
「キーッ!」
やっとはじまったぜ。だがよ、戦闘員どもにこんな楽しいこと持っていかせねえぜ。
「待ちな!」
オレ様は大きな声で戦闘員どもを止めた。
「オレ様にやらせてくれよ」
顔を向けると大狼は頷きもせず言った。
「好きにしろ」
それだけ言ったら、すぐにリクライニングチェアに座ってパソコンをはじめた。
作品名:ファントム・サイバー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)