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うそだったんです。

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その言葉を聞いたとき、酒が入ってもともと熱かった顔がものすごく熱をもったのが自
分でもわかった。思い出すだけで恥ずかしくなる。どうもしねーよばーか、と言えたのは、たぶんどう見積もっても二、三分経ったあとのことで、酔っていたとはいえたぶん堀内はえっ何こいつ、とか思ったに違いない。

その、旅行のなかのたったひとことをきっかけに、俺ははっきりと俺が堀内を好きだ、ということを自覚したわけだった。

そしてそのあとついに俺は、堀内に俺お前のこと好きだわライクじゃなくてラブで、とストレートすぎてどうしようもない告白をしたわけである。

そのとき堀内は、もともとあまり喋るほうじゃないその大きな体をびくりと竦ませ、まじまじと俺を見た。素面だった。ちなみに俺んちのボロいアパートの玄関での話である。
ふつう仲のよかった先輩にそんなこと言われたら正直ドン引きだと思うが堀内はものすごく優しいので、えっついに本格的に頭がやられたのか、なんて、ミス研に入ると言ったときに俺の友人が言ったようなひどい台詞は一切吐かないでいてくれたのを思い出す。堀内はやさしい。すごく。

「ごめん、好きだ」

…一年経って時効だからいうけど俺は酔っていた。きっかけを寄越したあのときに堀内も酔っていたからおあいこだけど。あの旅行以来胸に巣食っていた自分のなかのこの変な気持ちにピリオドを打ちたくて深夜に先輩の特権で堀内を呼び出した俺は、呼び出してしまったあとに激しく後悔をしてとりあえず酒を思いっきり呑んだのだ。だからべらべらと俺はそんな気持ち悪いことを何度も俺んちの玄関で立ち竦む堀内に繰り返した。今思うとすげー恥ずかしい。近所の人に聞こえていたら死ねる。ふつうに死ねる。

で、そんな俺をまえにして堀内は言った。まるであの旅行の日をなぞるようにして、すこし目を逸らしながら。

「…俺も、先輩が好きです」

それを聞いた瞬間ありえないくらい心拍数が上がって吐きそうになったのを俺はよく覚えている。世の中の半分は女だってのにもう半分をわざわざ好きになった俺はすごく奇特な人間でしかもその好きになった相手もまたその奇特な、しかも俺相手っていうすごく特殊な偏好を持つ人間だっていうのはほんとうに奇蹟にひとしいような確率なんじゃないかと思う。酔っていたけどその感動だけはすごく鮮明で、なんとなくいまそれを思い出しながら、俺はゆっくりと瞬きを繰り返していた。

堀内は、微動だにしない。ただ俺の三歩前、街灯の下で足を止めて俺をじっと見つめている。ビールとつまみを入れたふくろをぶら下げたままで見つめ合う俺達はかなり滑稽っていうか怪しいとおもうけれど、そういういつもなら口にするような軽口を言えるような雰囲気では決してなかったので俺はおとなしく黙った。空気を読むスキルは大学に入ってだいぶ身についたと思う。

ミス研のなかでも俺たちが付き合っていることは秘密だ。まあ男同士が付き合ってるなんてふつう思わないから俺たちは仲がいい先輩と後輩、てな感じでサークルメンバーからは扱われている。だからかなんとなく、堀内が俺に秘密を持っていた、というのはすごく意外な感じがした。俺はオープンな人間だから思ったことや感じたことをぜんぶ堀内に伝えてしまう。先輩がきのう三次会で酔って吐いてたいへんだったんだとか単位落としそうヤバい、とか、俺はぜんぶ堀内に話す。年下のくせに、堀内はそんな包容力のある不思議な雰囲気を持っていた。
だけど堀内は、基本的にあまりなにかを自分から話そうとはしない。お前はどう思う、とか、お前ってどうなの、とかそうやって聞けば表情を崩して笑いながら答えてくれるけど、逆はほとんどない。それなのに秘密なんてなさそう、なんて思うのは、俺の自惚れだろうか。

思いを馳せる俺をよそに、堀内がゆっくりと口を開く。なにから話していいかわからないような顔をして、人気のない路地裏にもう一度、さいしょのことばをくりかえした。

…うそだったんです、と、堀内は言った。くるしそうな顔で。なんのことだろう、と考えながら、俺は星の見えない東京の夜空を見上げる。俺の故郷は星がきれいな田舎町だったからこのネオンの夜はぜんぜん見慣れないもので、三年経ってもまた新たな発見ばかりするこの街のことを思うだけで思考は簡単に逸れた。堀内の顔は真剣で真面目なのに俺はそんなことばっかり考えているからよけいに変な気持ちになる。でもなんかガチな要件ってことはよくわかるから、ちょっと怖くなった。

ぞくにいう恋人、という関係にあるはずなのに、俺と堀内の間にはそういう疾しい関係は一切合切ほんとうに一ミリもなかった。せいぜい肩にふれたり、手の甲に手を重ねておいてみたり、そんなもんだ。…堀内だって男と付き合ったことはないといっていたから何をどうすりゃいいのかよくわからなくてそれでもなんていうか、しあわせだなあと思う。好き合っているっていう気持ちがして十二分に幸福だった。一年経ってなんにもないのにそんな気持ちばかり育っていくから、堀内はすごいなあと思う。とても気が効くやつだし、マメでやさしいから、必然的に俺は堀内に甘えっぱなしなんだろう。

「…せんぱい、」

そうして沈黙を破った堀内の声が、あんまりにひどくくるしそうだったから、俺は胸が詰まるような感覚に襲われた。こんな胸に凝った澱を吐き出すような堀内の声は初めて聞く。何事かと身を竦ませた俺に、堀内はその男っぽいのにどこか幼い感じを残す端正な表情をおもいきり歪めた。街灯の下で、堀内が唇を噛んでいる。

…うそ。

嘘があるとしたら、なんだろう。たいていくだらない嘘で堀内をからかうのは俺のほうで、エイプリルフールのときくらいしか堀内が俺に嘘をついたことはない。嘘をつかれるような場面にだって心当たりはなかった。最近やつから聞いた話といえば姉が最近専門学校の卒業のための単位を取ったとかそういう…、まさかそれが嘘だってんでこんな深刻な顔はしないだろうからそれはナシだろ。それから、ついさっきまでやっていたサークルの飲み会では「中学校のときはバスケ部でした」って言ってたな。いやさすがにそういうくだらないところで見栄を張るような人間じゃないし、っていうか席結構離れてたのに堀内の言葉ばかり覚えている自分が我ながら気持ち悪くて閉口した。まったく俺ってやつは。

「…ずっと、ずっと言わなきゃいけないと思ってたんです」

くるしくそれでもどこか晴れやかに、堀内が笑った。

作品名:うそだったんです。 作家名:シキ