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うそだったんです。

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うそだったんです。

と、堀内に言われたのは俺んちの最寄り駅を出てすぐの交差点をまっすぐ行って俺のアパートまでもう少しってところの街灯の下で、俺はそのときその言葉の意味がまったくわからないままに堀内のほうをぽかんと見上げていた。うそだったんです。もういちど繰り返した堀内は見たことがないような苦渋の滲んだ表情をしていて、俺は思わず息を呑む。ひとつ年下のサークルの後輩は俺んちで酒でも飲むか、というふうないつもの軽いノリだったさっきまでを微塵も感じさせないような真面目さを漂わせていた。

「…そう」

で、俺はそれがなにを示すのかもわからないまま、そうやってとりあえずそれを肯定することばを吐いた。うそだったのか。なにかしらないけど。

俺と堀内がこうしてサークルの活動の外でも一緒に過ごすようになったのは、一年前のちょうど今頃のことだった。当時大学二年生、サークルに後輩が入ってきて下っ端のパシリから解放されすごく充足感を覚えていた去年のこんな寒い冬、俺が堀内に、好きだ、といったのをきっかけにして、俺達はぞくにいう交際をスタートさせたわけである。それまで彼女だっていたし男なんて好きになったことがない、というかそういう目で見たこともなかった俺がいきなりなんでこのでかいし顔だって女の子っぽくない堀内を好きになってしまったのかは俺のこの二十数年の人生のなかでも一番の謎だ。

我がミステリー研究会略してミス研ではその聞こえの悪さとマニアックさから放っておいたら見込めない新入生をサークルに引きいれることに毎年驚くほど力をいれる。かくいう俺も右も左もわからない上京したてのおのぼりさんだった三年前の春、先輩にものすごく勧誘されて根負けしてサークルに入ったという過去を持っていた。で、去年の俺はまさしくその時の先輩そのものになったわけである。つまり入学したてだった今この俺の目の前で苦渋の表情をした堀内を、新興宗教も真っ青ってくらいの勧誘でミス研に引きいれたのは俺っていうことだ。…まあミス研も入ってみりゃすげえ楽しいから俺は後悔してないんだけど、あの勧誘の仕方には色々問題があると思う。一年の頃は恐怖すら覚えた。

で、俺は自分で引きいれた(二年生ひとりにつき新入生ひとりの獲得を義務付けられていた)堀内をサークル内でもなにくれとなく構っていたわけだが、それがいつのまにかあれ俺こいつのこと好きなんじゃね?っていうような感情を抱き始めていたわけだ。もともと堀内は、こいつ押し売りとか絶対断れないんじゃね?みたいなやさしい男で、だからこそたぶんミス研に入ってくれたんだと思うんだけど、だから一緒にいてとても気持ちが落ち着いた。それを恋愛感情かもしれないって思うまでに、そんなに時間はかからなかった。

出会って一年が経とうとした二年の終わり、つまり年度末に、ミス研ではじめてそういうちゃんとしたサークル活動らしいサークル活動の企画が持ち上がった。すなわちそれは全国各地にあるミステリー現象の起こった場所に赴き、そのレポートを制作せんという試みである。俺は感動したね。サークルに入って二年、飲み会とミステリ小説の品評会という名の飲み会しかしていなかった俺達が、ようやっとそんな大それたことをしようという気になったことに。

なるたけ少数人で組んで色んなところを回ろう、というリーダーの指示があったから、俺はごくごく自然を装って堀内を誘った。本当なら俺の先輩(俺を鬼のように勧誘したその人)も来るはずだったから安心してあいつを誘ったのに、先輩はいざ旅行の前の晩ってときに彼女と食べたカキに当たって病院に運ばれやがったのである。あの時ほど先輩とカキを怨んだことはなかった。二人になっちまったけどどうする?と堀内に電話をかけたときの俺の気持ちを考えてほしい。こちとら男を好きになってしまったかもしれないとかそういうのでものすごくナイーヴだったのに(じゃあなんで旅行に誘ったんだとか言うな)、その相手と二人っきりになってしまったんだから。…だけど堀内は空気読めないので、俺でよかったらレンタカー借りますよ、なんてわけのわからない気づかいのしかたをみせたからほんとうに動揺を通り越して冷静になったね、あのときは。

で、結局ふたりでその車で二時間程度の寂れた街に向かった。著名なミステリ小説の舞台になったといわれている街で、ゆかりの井戸やらが残っているところである。コアなファンにはたまらないってわけだ。俺もかなり気持ち悪いテンションだったと思う。
連続殺人犯の娘という烙印を背負ったヒロインが、新米の刑事である主人公とともにこの街で引き起こされた父の模倣犯を追い詰めていく――、そのミステリ小説の作家のデビュー作でもあるそれは、俺がミス研に入るきっかけにもなった本だった。くだんの先輩が勧誘のさなかに俺にくれたそれに、俺は魅了されたわけである。

有名な温泉があるっていうからそこに宿を取ってふたりで泊まり、俺たちはレポートに書けそうなこととか調べたり写真とかを撮ってまわって時間を潰した。楽しかった。楽しかったから気まずくなったらどうしようとか思ってた俺はもうどうでもいいやと思って宿に帰って酒を呑んだわけである。風呂上がりだし気分が良かった。めずらしく酔わなかった。そしたら堀内も呑んだ。で、あっちは酔ってた。

酔っていたから、だろうと思う。ただ何の気なしに窓の外なんて眺めながら、…その調べていたミステリー小説のなかでヒロインが口にした台詞をなぞっただけなんだろう。ちょっといつも我儘で傍若無人な先輩をからかおうと思ったのかもしれない。ふだんは人をからかうなんてしないようなやつだけど、酔うとわりと堀内は大胆になるから、たぶんそれは正解だ。
で、堀内は俺に言ったわけだ。

「先輩、もし俺が先輩の事好きっていったら、どうします?」

作品名:うそだったんです。 作家名:シキ