鴉2 「貴方の絶対の見方S×M」
顔は確かにいいし、スタイルも抜群、立てば人を魅了して、喋れば人を笑わせられる。
確かにスターなのは認めるが、少々言動が気に食わないのだ。
この世で自分が一番だと本気で思っているのだから、関心してしまう。
まぁ、そうでもなければ芸能界など生き残っていけないのだが。
「違う!あの子それなりに売れ始めたのに、AV女優になっちゃたんだって。」
「なんやと・・・!?名前かえとらんのか?顔好みやったんや、
ちょっと、買ってくる。」
今度は折角セットした髪を気遣うこともなく思いっきり頭をはたいた。
叩かれた頭を押さえながら文句を投げつけてくるが、
この男がまだ新人だったころからヘアメイク担当として付き合ってきたのだ、
今更怯えることもないし、扱い方は分かっている。
暴れようとする身体を押さえつけ、自身で崩してしまった髪を直す。
「何でも、すごい借金しちゃったんだって・・・」
「ふーん。AVなんぞでんでも、返せたんとちゃうん?」
「ねぇ・・・最近そう言う話多いみたい。知り合いのモデルの子も何人も
AV女優とか、風俗とか、連絡とれなくなっちゃた子もいるのよ。
なんか、不気味じゃない?」
蜜は興味なさげに彼女の話を聞きながら、番組の台本を手にとり大まかな流れを頭に叩き込む。
ふと廊下を見ると向かい側の控え室が見えた。
スタッフや一緒に出演する女優やらアイドルがテーブルの上に何かを取り囲んで
話に花を咲かせている。
細長い瓶に入った化粧水らしきものを皆で試している模様。
蜜は出来上がった髪を見ながら、片づけを始めた女性に
彼女達が盛り上っている化粧水について聞いてみることにした。
「なんや、あそこで盛り上っとるの。」
「あぁ、あれね。最近流行ってるらしいのよ。
S×Mってとこの化粧品らしいの。」
「ふ~ん、さよか。」
蜜は聞いておいて適当に返事を返す。
暫くするとスタッフに収録の準備ができたと声をかけられた。
手にしていた台本を控え室のテーブルに置くと
衣装とメイクの最終チェックを終えて部屋を後にした。
*
鴉たちの巣
「今回のターゲットはS×M。化粧品会社だ。コレを購入した女性が多額の借金をして、裏の世界に足を踏み込んだり、
行方不明になっている。」
蠍は自宅のリビングのソファに腰掛ながら淡々と仕事に着いて説明する。
他三名も自分の気に入った場所に座りながら書類に目を通していた。
蜜が書類をテーブルに投げつけると、冷蔵庫の前に移動する。
中から缶ビールを取り出し、カシュっと音を立てながらプルタブをあける。
「アイドルやらモデルやらの間でも結構流行っとるらしいな。
でも、実物見たけどターゲットにするほど怪しいもんやなかったな。」
蜂が蜜が放り投げた書類を綺麗にまとめ、封筒の中にしまうと
冷蔵庫の前に立っていた蜜が蠍、蜂の分もビールを取り出し、器用に二人に投げる。
受け取った二人は殆ど同時に炭酸が缶から抜ける音を出した。
アルミに口を付けて、少し大きめの一口を飲み込む。
喉を通る苦味と次第に熱くなる腹の奥に至福を感じながら
蠍は二口目を済ますと、メガネを中指で上に押す。
「確かに見た感じ薬物を使ってる風にも思えない、
だが客が高確率で借金をしているのが気になる。」
「みっちゃんが言ってたモデルや女優の失踪とかも気になるね。
繋がりがないとは言い切れないしね。」
蠍に付け足すように蜂が続けると、冷蔵庫の前から蜜がリビングのソファに向かってくる。
ローズの隣に腰を落とすと長い髪をかきあげながら目を細めた。
「何の変哲もない化粧水になんで群がんねん。偶々とちゃうか?」
手にしたビール缶をローテーブルにカツンと音を立てて置くと
蠍は前かがみになり両手を祈るような形で握る。
少し何かを考えてから、それを今から調べると短く言い放つ。
蠍の言葉を聞くと、絶えない笑顔はそのままに蜂は立ち上がり部屋に繋がる廊下へ向かいだす。
蜂がリビングから廊下へ出るドアを開けるとそれまで、黙っていたローズが小さく言葉を発した。
「あ、これお仕事の話だったんだ。」
ズコーという効果音を流すならば今しかないと言うくらい
すっとぼけた返答に最早芸人顔負けのツッコミを入れることすらできない三人の笑いは乾ききっていた。
珍しく静かに話を聴いていると思ったら、この少年は全く話の内容を理解していなかったのだ。
やっと状況と話の内容を理解した時には会議は終了を迎えていた。
三人の呆れた顔にローズはまるで人形のように大きな目を見開いてそれこそ理解できないと首を傾げる。
「それより蠍、鍵は直ったんか?」
なんと表現したら良いか分からない空気の中、蜜の一言で蠍は朝からの苦労が一気に押し押せるのを感じた。
蠍は目を瞑りながら大きなため息を吐く。
「あぁ、帰りに新しく作ってきた。」
まるで他人事のように蜜と蜂が笑い出す。
いや、実際この男達にとっては他人事なのだろう。
人がどれだけ苦労したかも知らずに喜劇でも見ているかの様に
無残な姿になった鍵に紐を通し始めた。
その紐を俺の首に下げて、指を刺して笑う。
最低だ。言葉を変えるなら、最悪だ。
この男達に人間としてのモラルや思いやりなどはないのだろうか?
自分にもあるとは思えないが、ココまで無神経ではないはずだ。
この災難だらけの今日で学んだ事を上げるなら、
親の顔が見てみたいとはこう言う時に使うのだ。
「あはは、良く似合ってるよ蠍。」
「よーやったローズ!傑作や。」
首を傾げていたはずのローズもいつの間にか笑顔になり、
蜜に誉められて嬉しそうにしている。
反省の色は・・・見えるはずもなく、怒る気もせず、
一体どうやったらこの少年に「常識」というものを分かって貰えるのだろう。
悩めば悩むほど、眉間の皺だけが増え一向に答えは見つからない。
この場合ローズの親は俺になるのだろうか・・・
頭に一瞬過ぎった思考に背筋が凍るのを感じるとアルコールを喉に一気に流し込む。
食道を通っていく飲料にやるせない気持ちを消してくれと
願いを込めながら蠍は同居人たちの笑い声に耳を塞いだ。
*
『貴女の絶対の味方―S×M』
絶対の味方とはまた大きく出たものだ。
広告なんだから大きくでるのは当たり前で、消極的になっていては商品は売れないことぐらい分かるが、
どうもこの手の文句は好感を得られない。一体、絶対の味方とは何を敵として何を味方としているのだろうか。
そもそも絶対なんて・・・そこまで考えて蠍はくだらないこの思考に終止符を打った。
何事にも反発したくなるような子供染みた考えが脳内を巡ったことに自分もまだまだ若いなと驚いた。
ここがS×Mの本社か・・・
想像していたよりも随分と小さなビルを見て蠍は呆気に取られた。
女性向けに作られている化粧品など蠍には縁のないもので、
S×Mという会社名も今回の任務がなければ恐らく死ぬまで知らなかったのだろう。
人を待つような振りをして蠍は暫くビルを観察することにした。
出入りしているのは、普通のサラリーマン。新人と人目で分かるような
作品名:鴉2 「貴方の絶対の見方S×M」 作家名:楽吉