永い夢
永い夢「掃除機・中毒・植物」
今日も掃除機の音で目が覚める。
昔から妻は綺麗好きではあったが、これほど潔癖症というか掃除中毒ではなかった。
掃除をするのは悪いことではない。
しかし、現在の彼女が対象にしているのは家全体ではなく、娘の部屋だけだ。
出かける前の朝と帰ってきた後の夜に部屋を念入りに掃除し、埃ひとつ無いような状態を保っている。
最近は朝飯もまともに用意してくれないので、トーストと珈琲で簡単に済ませて会社へ行く。
玄関で「行ってきます」と声を掛けたが、掃除機の音が邪魔をして二階の妻には届かなかった。
いつものように仕事が終わると病院へ寄り、ベッドに横たわる娘の顔を眺める。
今は妻が横に居るから、元気だった頃の弾けるような笑顔は思い出さないようにした。
「きっと麻衣子は永い夢を見ているのね」
もう何度も聞いた呟きを独り言のように漏らす妻。彼女は一日のほとんどを娘の部屋と病院で過ごしている。
娘が急性薬物中毒で植物状態になって三年。妻はずっと奇跡的な回復を信じてきた。
確かに、今でも髪や爪や身長だって伸びている。娘が生きているのだということは私にも解る。
しかし、チューブやコードで繋がれて痩せ衰えていくことに意味はあるのだろうか?
本当に娘はそれを望んでいるのだろうか?
医師の言葉には絶望の二文字しか存在していなかった。
花瓶の水を換えようと妻が退室した隙に問い掛ける。
「どうして欲しい?」
それは私達にとっても永い夢のようだった。
それが幸せな夢だったのか、悪夢であったのかは、今でも判らない。
ただ、静かな朝は想像していた以上に寂しかった。