コルチカムのあと
とある日の部活帰りのこと。駅につくと、普段なら轟はこのまま私と鳥居くんと別れてテニスをしに行くところを、私は無理矢理轟の後をついて行った。
頼りない光を放つ街灯のもと、薄明るい路地を2人で無言で歩く。
「ねぇ。」
私は唐突に轟に話しかけた。
「…何。」
普段周りに人がいる時ならこのまま無視なんだけれど、2人きりなせいか嫌そうながら、ちゃんと返答してくれた。
「夜景、綺麗だね。」
「は?」
見上げれば曇り空。月どころか星ひとつ見えない天気。先ほども述べたように街灯だっておぼつかない。お世辞にもきれいな夜景とは言えるものはなかったので、轟の反応は正しい。だけどね。
「違う違う!」
「………」
私が否定語を連呼すると、ついに轟は黙ってしまった。構わない。私は落ち着いて続ける。
「…あんたと見る景色は、きっと戦場だって美しい。」
「………」
あーあ。渾身の一言だったのに。
でもその反応はわかっていた。だって君はそんなこと微塵も思っていないだろうからね。
「それからね、それからね。」
私は勢いがついてきてしまったので、ずっと言おうと思っていたこともいうことにした。私は轟の隣を離れ、くるっと回転しながら轟の前に立つ。
「『月がきれいですね。』」
「月とか見えてないんだけど。精神大丈夫ですか。」
冷静なツッコミ。しかし今回ばかりはそれはナンセンスだよ轟くん。
「君には教養がないのか。」
そう言い放つと私はまた轟の隣に戻り、私たちはまた歩き出した。
「君には言われたくないよ。」
「確かに馬鹿だよ私は。」
だけど風流心は私の方があるようだふふんと思っていると、轟は大きくため息をつき、口を開いた。
「俺には月が汚れてみえる。」
あぁそういうこと。
「やっぱりあんたには勝てないわ。」
「だろ。」
あぁこんな感情ですら嬉しいと思ってしまうなんて。私もつくづく阿呆でおめでたい。
ふと気づくとちょうど別れ道にきていた。本当はまだついて行くつもりだったけど、それじゃと言って轟と別れた。轟もそれじゃ、って言って返してくれた。
その時ふっとあの懐かしい大好きな笑顔をみた気がするけれど、気のせいだと思うことにした。