「山」 にまつわる小品集 その弐
冬
太(ふと)は母を背負い雪の山道を登っていた。それは獣の通る道である。
母を背負った時のあまりの軽さに、邪険に扱ってきた母に対し心の中でわびていた。
その道は峠に至り、左右の道は越前と美濃へと通じている。古来より戦のたびに使われてきているために、広く開けた場所があり、日が当っているところがあった。
「おっかぁ、ここでちょっくら休むべ」
と言いながら母を下ろし、枯れ草を集めてその上に坐らせた。
「粟飯ひとつ持ってきたで、食いな」
「おめぇ、これどないしたんだべ」
「おらさ分をちょっと握っておいたんだべ。おっかぁは食べなかったんだべさがよってのう」
「いらね。おめさ、まんだおらを負って行かねばなんべだし、けえって行かねばなんね。とっとけ」
「んだば、こんなもんしかねっけ」
ドングリをひとつ取りだして、差し出した。
「こんだばもん、食えねっし」
母はドングリを骨ばった掌の中で転がしながら、
「そこらへんに穴ばあけてくんれ、これさ埋めてくべ」
太は雪を掻き分け、地に穴をあけると母がそのドングリを落とした。
「ぬくうなりゃ芽が出るで、おっきな木に育って、たんとの実ができりゃ、おめさたちの腹を満たせるべ」
太は横を向いてそっと涙をぬぐった。
「そろそろ行くべか」
太は再び母を背負い、山の奥のほうを目指して歩いた。
雪が解け暖かくなると、芽が伸びクヌギの木が育っていった。誰もその木を切ることはなく、数年後には秋になると多くの実を落とすようになった。
太の家族たち村人はそれらを拾い粉にして食べた。特に飢饉の時には有難がられた。
そばには木像を祀った祠が建てられ、『姥負いの祠』と呼ばれるようになったのである。
2011.6.19
作品名:「山」 にまつわる小品集 その弐 作家名:健忘真実