ゴールドとカッパーの心理合戦(ココロしあい)
1.
ここは、私立白鴎(はくおう)学園。高等教育学校である。
この学園は、”とある国”の外資系資本企業と、その国の宗教組織(俗に言う三大宗教に非ず)を支持母体に持つ巨大なマンモス校だ。この学園の敷地内には、同系列の小学校、大学、大学院が存在している。
俺が通う高等部は、その敷地内のちょうど真ん中に位置していた。
あくる日の放課後のことだ。
校舎のエントランスから出た俺は、ふと”何か”を感じ、校舎の屋上を見上げてみた。
「?」
視界に黒い点が映った。
”それ”は四角い物であるというのは分かったが、目を凝らして見るも形の全容がよく掴めない。ちょうどよく、太陽を背にしていたせいで、輪郭が逆光の影の中に沈み込んでいたからだ。
もう少し観察していたかったのだが、本能が言っていた。
『――予測。X軸。Y軸。Z軸ともに、合致。落着点判明。着弾地点は――』
だんだんと近づいてくる”それ”。
螺旋も描かず、ブレもせず、ただまっすぐに、まっすぐに――
いわく。世界は、観測する側の主観で定義されるという。
その点で言えば、万有引力を発見し、重力と言う概念をを定義・立証したニュートンは我々に重力と言う概念を知らしめてくれた偉大な人物だが、今回に至ってはそんな概念など端から無かったことにして欲しかった。
―――そして、”それ”は引力の概念に従い、重力に引かれて、地面に落ち――
ガシャアアアンッ!
「うわぁぁぁぁっ!?」
”それ”は、地面に落ちるやいなや、耳をつんざくような破砕と瓦解の音を撒き散らし、”組み込まれていた『部品』と『素材』を『中』から吐き出した。
「な…な…!」
”それ”は
『電子レンジ』だった。
コンコン、パラパラと地面に転がる、かつて電子レンジを形作っていたネジやガラス、砕け散ったパネル板。
俺は、その惨状を見て、恐怖に顔を引きつらせていた。
「ごめんなさぁーい。大丈夫ですか――!?」
上から突如降ってきた柔らかな声に気がつき、俺は顔を上げた。
その声は、羽毛のように柔らかく、声に手触りを感じることが出来るのであれば、シルク生地の様な感触があったと言えるだろう。
校舎の、三階中ほど。
おそらくは科学準備室と思われる部屋の窓から、ひょっこりと顔を出している女子生徒の姿があった。
『彼女』は色素の薄い金髪と碧眼を持つ、見目麗しい少女だった。
『彼女』は、二年生に進級した新年度早々、俺のクラスに転入してきた帰国子女であり、転入一ヶ月にして皆から絶大な支持を受ける、我が学園きっての『人気者』でもあった。
生徒会長選挙に立候補すれば、それはもう第二位と圧倒的票差を付けて当選するであろうほどの絶大な『人気者』。
ただし、『彼女』に対する認識は、俺の場合、皆とは違う。
「…ここまでやるか?フツー…」
上からこちらの様子を窺う、『彼女』の姿を見て、俺は忌々しげに吐き捨てた。
「あれ?…なぁーんだ。”アナタ”か」
『彼女』は、あわや電子レンジ直撃の憂き目に遭い損なったのが、俺だとわかるなり、落胆するような表情を見せた。が、耳に掛かったブロンドの髪をさっとかき上げ、『フフフ』といたずらっぽい笑みをしてそれを打ち消す。
「ちょっと、待っててね。今そこ、行くから」
そうして『彼女』は、眼下を覗き込んでいた窓から顔を引っ込め科学準備室を後にした。
高校二年生の十七歳の少女。幸(こう)菜(な)川(がわ)美(み)和(わ)子(こ)。
色素の薄い、プラチナブロンドの長い髪と碧い眼を持つ、北欧人と日本人のクォーター。
欧州帰りの帰国子女である。
春風のような美しさと、女神のような優しさを兼ね備えた(困ったことに完璧過ぎるほど完璧な)誰の目から見ても文句の付けようのない、”絶対的”な美少女であった。
彼女には、『嘘を嘘だと感じさせない』という、特異性のような『力』が先天的に備わっていた。
この能力と自身の人柄のおかげで、彼女は皆から頼られ、慕われる人気者の座をいとも容易く手にした、という訳だ。
幸菜川美和子と同じクラスにいる少年こと、俺。鳳(おおとり)暁(あきら)。
垢抜けた容姿で、赤に近い色素の髪をボサボサと散切りにした、一見するとクールかつ粗雑そうな男(自称ではないので、あしからず。そう評されているのだ)。
贔屓目に見て、身長もルックスも平均以上だと自負している(これは自称)。
が、俺は学園では目立たないように立ち回るよう心掛けていた。
必要と有らば社交的に振る舞うが、あまり人の関心を引くのは好きじゃない。目立つことは余りしたくないのだ。単にそう言う”性分”なのである。
俺には、『嘘を嘘だと見抜ける』”後天的”に習得した、能力のような『特技』があった。
心理学に、精神カウンセリング技法。尋問術。交渉術。読心術。読唇術etc――と、人の心と内情を察し、操作・掌握する知識と技術は一通り勉強し、心得ている。
何のためかと言えば、それは――まぁ、趣味と実益を兼ねてと言っておく。
その技を応用し活用すれば、人の嘘を看破し、見抜くことも容易くできると言う訳だ。
俺は、幸菜川美和子の『完璧すぎる』立ち振る舞いに疑念を抱くと同時に、密かな『興味』を寄せていた。あわよくば、自身の能力を上手く使い、美しい彼女と接点を持ちたいとも、年頃の少年なりに下心も抱いていた。
――が。
その結果と報いが、目の前に転がる『電子レンジ』だった。
彼女は間違いなく、”黒”だった。
ただし―――…。
俺も間違いなく。
”黒”だった。
作品名:ゴールドとカッパーの心理合戦(ココロしあい) 作家名:ミムロ コトナリ