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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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スターチャンネル2034

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 スターチャンネル2034は、宇宙船向けに放送される映像・音声番組の総称だ。別にチャンネルが2034あるわけではなく、単に会社の設立年数から取られているらしい。全部をチェックしたわけではないが、少なくとも25ぐらいのチャンネルがあるはずだ。基本的に英語の番組が多いが、ある程度以上の話者がいる言語については、それが第一言語として用いられている国で制作された番組を中心に編成されたチャンネルもあり、宇宙空間にありながら懐かしい母語に耳を浸し、故郷の文化の中で作られた番組を楽しむことが出来る。
 太陽系内の有人探査計画が本格的に動き出し、年単位となる長距離航行が始まった頃は、コンピュータ制御による自動航行の技術が大幅に発展した頃とも重なった。要するに、クルーの暇潰しの必要性が一気に増大した時期だった。勿論電子書籍や音楽、ゲームや映像データを大量に持ち込む者も多かったし、少々のタイムラグはあるが、頼めばデータを地球から送ってもらうこともできた(とはいえ、特に本や映像に関しては、自分の嗜好が人にばれるのを好まない人も多いので、あまり有効活用できたとは言いがたいが)。
 けれど、やはり地上でリアルタイムに変化する情報に慣れきった身には、そういった娯楽だけではどうにも物足りなく、NASAがテレビ番組の電波を中継した時期もあった。電波がシップに届くまで時差があったが、しかし問題はもっと別のところから発生した。インターネットで世界が結ばれ、他国の報道を見ようと思えば見られないこともない現代においてもなお、国家ごとの報道の偏りやある程度の情報操作は存在するし、出身国の政治的立場の違いもある。文化や宗教によるタブーの差は根深い。
 宇宙船という、当分地球に帰ることのできない閉鎖空間の中では、ほんの僅かでもトラブルやいざこざの原因となるものは避けたかった。やがて、乗員の出身国や宗教・政治的信条によるトラブルの発生を回避するための、検閲と選定を請け負う業者が現れた。2034年のことだった。
 このシップのクルーは自分を含めて五人。全員出身国も民族も母語も宗教もばらばらだが、幸いにして現状対立状態にある地域ではない。けれど、俺達が眠っていた五年間の間に、情勢がどう変わっているかはわからない。そういうこともあり得ないとは言い切れないから、SC社の検閲があるのだ。仮に故郷が何処かの国と揉めていたとしても、地球へと戻るまでそのことがニュースなどを通じて知らされることはない。さすがに身内の不幸だとか自然災害だとかはNASAを通じて連絡してもらえることにはなっているけれど、例えば何処かのテロ組織によって故郷に水爆が落とされて一面焼け野原になったとしても、他のクルーとのトラブルや任務に支障が出ることを避けるためにそのことは伝えられない。それよりも、国家の枠組みを越え、莫大な資金と人材を投入して行っている宇宙探査計画の平穏無事な遂行が優先される。この計画に参加するにあたってそのことは書面で確認済だ。
 暇に任せて三畳ほどの自室のテレビを母語専門チャンネルに合わせると、なんともお気楽なバラエティ番組が映し出されている。そのほかのチャンネルではドラマがやっていて、ふたりの女がそれはそれはドロドロの愛憎劇を繰り広げている。母国では問題なく放送されている内容ではあるが、乗員の宗教によっては閲覧規制がかかるだろう。政治色やニュース性は一切ないので自室で見る分には問題ないが、もしかしたら俺以外のクルーの部屋では見られない可能性もある。個人的にはこれを他の国の出身者に見せないほうがいいとは思う。うちの故郷が盛大に誤解されそうだ。うちの国にだってこんな人はそうそういない、と、思う。
 チャンネルをぐるぐる回すと、音楽チャンネルに辿りついた。ランキングチャート100位から1位まで順にプロモーションビデオを流し続けている。知らないものがほとんどだった。特に移り変わりの激しい女性アイドルになってくると、全然わからない。俺が物心つく前から活動している老舗アイドルグループはまだ存在していてチャートを賑わしていたが、メンバーはほぼ全員が入れ替わっており、ひとりも知った顔を見つけられなかった。
 星間長距離航行を支える技術は自動航行だけではない。冷凍睡眠も欠かすことができない。いくら暇潰しの道具が豊富にあったところで、限られた人材の労働可能時間と寿命を浪費させるわけにはいかない。まだ新しい技術ではあるが、現時点でまだ致命的な事故は起きてはいない。どういう理屈なんだったかは聞いたけれど忘れた。それこそ、テレビやコンピュータと同じだ。動く仕組みはわからなくても、安全に運用する方法さえわかっていれば問題ない。シップの奥深くにある機械仕掛けのベッドで、俺は出発から五年間を眠って過ごした。
 俺が今回の計画の要員となったのは、宇宙飛行士としてよりも研究員としてだ。職を求めて自分の頭脳ひとつを頼りに世界中の研究機関を転々とする現代のジプシーたる博士後研究員の身であるから、決心はすぐについた。地球の時間にして十年ちょっと戻れないとしても、失うものも取り立ててなかった。黎明期と比べて宇宙飛行に要求される身体的基準はそこまで高くなく、本業の宇宙飛行士ほど鍛え抜かれていない俺でも試験を通過することができた。ただ体力面はともかく、年齢がぎりぎりとはいえまだ二十台であること、身体的にはアレルギーの類も持病も手術歴も一切なく、煙草も酒もやらない、ということは、採用に際して有利には働いたらしい。シップの中は絶対禁煙禁酒だ。
 目的地への到着を三ヵ月後に控えて、俺は当分の相方となる男に起こされた。エルは少年時代から宇宙飛行士になることを夢見、まっすぐにその道を歩み続けてきたという経歴を持ち、それに役立つからと医師免許も取得したという宇宙飛行士になるべくしてなった男だ。今回の計画ではシップの管理と医療関係を担当する。要するにほとんどの重要な役割はエルの仕事であり、俺はただ宇宙地質学の研究員としてしか計画に関わることはない。他にやることといえば一日三時間以上の運動が義務付けられているぐらいだ。何もかもを任せきりというのも申し訳ないが、一応ひと分野の専門家として、専門外の領域に善意であっても手を出すことは足手まといにしかならないことはわかっている。なので、ダイニングやトイレなどの無難な場所の掃除や、食べ物の用意といった雑用を引き受けることにした。向こうも、俺がどんな調査をするのかは漠然とは知っているが、具体的にどういったことをするのかは知らない。
 エルは、俺と同じく出発前に眠りにつき、俺に先立つこと一月前に目覚め、三人目の機長として業務を開始した。そして俺を起こした直後、出発後二年目から担当した二人目の機長と、五年間活動した医療担当者が入れ替わりで眠りについた。万一エルが突然倒れてしまった場合などに備えて、一応冷凍睡眠の解除方法は叩き込まれている。そして、調査が終わり、サンプルが劣化する前に行わなくてはならない最低限の実験を終えれば、俺はまた地球に戻るまで眠ることになっている。片道五年をかけて行く出張の、実働期間がわずか半年というのも凄いことだと思う。