ゆうしゃのはなし
「私は返してもらうつもりなんだ」
そう言った。
いや、僕の一人称は僕であって私ではないのでこれはきっと彼女が言ったのだろうとそこで気がついて顔をあげた。
思わず、はあ、なんて間抜けな声が出た。
そんな僕に、困った顔をしながら、彼女は続けた。
曰く、彼女には恋人がいたのだと。
魔王が復活して間もない頃、まだ世界がそれを知らなかった頃。
彼女の住む町は、あっという間に、それこそ兵士を集める間もなく、何の前触れも予告も予感も予兆もなく、気がつけば一面、倒れる人々と血の臭いと、やけ崩れた瓦礫だったそうだ。
そうして運良く生き残った彼女は、運悪く見てしまった。
恋人が魔族と手を組み、場内へ手引きしている瞬間を。
「だから私は返してもらいに行くんだ」
もう一度、彼女はそう言った。
呆然としていた彼女は、その場で彼に詰め寄ることも、声を掛けることすら出来ないままだったそうだ。
「私の心を返してもらいに行くんだ」
曰く、あの日あの時あの瞬間のまま、私の心は凍ってしまったような気がするからと。
それからどうしても聞きたいのだ、と言った彼女の視線はずっと僕に注がれていて、何故か僕の方がいたたまれなくなって、俯いた。
シチューのじゃがいもが、とろりと溶けている。焦げ付いてしまわないよう僕は誤魔化すみたいに、何をかは分からないけれど、誤魔化そうとしておたまを回した。
「私を愛していると言ったのは、嘘だったのか聞きたいんだ」
ああ、と思った。
彼女が身にまとう服は、意図したかのような言い回しはきっと、彼女が忘れまいとしている彼のものなのだろう。
なぜ彼女がそんな事をしているのかなんて僕には分からないし、勝手に想像するのは失礼だと思うので僕はただ頷いた。
じりじりと胸がくすぶる。
彼の皮を被った彼女しか、僕は知らないな、と今更ながら知った。
鍋のすみに焦げ目がついているのを見つけ、慌てて削ぎ落とす。
小さな焦げ目はあっというまにシチューに溶けて見えなくなった。
駄目だ、これ以上は。火を消さなくては。
なぜ彼女が僕にそんな話をしたかは分からない。考えたくない、だってこれはきっと報われない。
そう、きっとこれは報われない、
カタン、と僕は鍋にふたをした。
愛というなの剣が彼女を深く傷つけたのだろう。
私は私を嘘でも愛してくれた瞬間の彼を殺した本当の彼へ復讐しにゆくのだ、と彼女は言った。よく分かりません、と僕は正直に言った。私もだよ、と彼女は嘲った。きっとただ、心の整理をしたいだけなのだと。何かの所為にしておきたいだけなのだと。結局私は姿を雄雄しくしようとも、中身は女々しいままなのだと。
それは違うと思ったけれど、それなら僕のほうが、とも思ったけれど、それすらも口に出来ない臆病な僕はふたの閉まった鍋をただ見つめた。