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十七歳の踊り

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『十七歳の踊り』

「大学に行きません」と娘のアカネが宣言した。それを聞いて父親の勇は驚いた。ショックのあまり、理由を聞けなかった。十七歳になったアカネは賢い子であった。どんな場合でも、先を読み沈着に行動する子であった。同時に一度決めたら二度と考えを変えない頑固さがあった。それゆえ勇は頭ごなしに怒ることはなかった。
「なぜだ?」と聞いた。
「ダンサーになるの」
勇は意外な顔した。芸術に疎い彼にとって、ダンサーといえばストリップのダンサー程度しか頭に浮かばなかったのである。
「なんだ? それ」とアカネの方を見た。
十七歳にしては、身長も百六十五センチで胸も豊かである。アカネばかりでなく、電車や街なかで見かける少女たちは、みな背が高い。決して豊かとはいえない時代に育った勇の頃の少女は針金のようにひょろひょろした。日本人の体型が驚くほど変化したしまった。勇は自分の娘なのに、どこが別世界の娘のように感じた。
「どうしたの? お父さん」
「何が?」
「じっと、私のことを見て」
「いけないか?」
「いけなくはないけど」と何か言いたげな顔をした。
勇は仕事一筋で生きてきた。仕事が特に好きなわけではなかったが、結果的にそうなってしまった。そして、娘とあまり会話もしなくなった。そういった日々がどのくらい続いたのだろう? 二年か? いや、それ以上だったかも? 勇の中で、アカネはいつまでも愛くるしい子供だった。
「進学はしないのか?」
娘は窓の外を見ていた。
「夏ね、朝顔が咲いている」
娘はうまくかわした。それが妙に勇の神経を逆撫でにした。
「答えないのか?」と少し声を荒げた。
「いかないわ」
 毅然と答えた。娘の落ち着いた対応の仕方に、 勇は少し恥ずかしさを覚えて黙った。娘の瞳を見た。その澄んだ瞳から、なぜだか分からないが夏の青い海を想像した。混じりけのない青の世界を。
「お父さんね、明日、日曜でしょ?」
「そうだ」
「お休み?」
「そうだよ」
「駅前にあるホールで発表会があるの。来て、お母さんと一緒に。いいでしょう?」
勇は黙っていた。
娘は微笑んだ。きっと来てくれると確信しているといわんばかりの笑みであった。

次の日、勇は妻を伴って激情に行った。
それは不思議な踊りだった。十五人くらいで、薄明かりの舞台で踊る。身体にぴったりと密着した白いコスチュームに身を包み、少女たちは軽やかに踊った。不思議なエロスに満ちていた。その踊りの中に水のように透明な女の性が透けて見えた。
勇は妻のルリ子の方を向いた。唇にかすかに笑みを浮かべているように見えた。その唇は「どう?素敵でしょ」と言わんばかりだった。
踊りを観た後、勇は娘に一言、「お前の人生だ。好きにしろ。だから、後悔しても、文句は言うな」
「分かっている」とニコリとした。
勇は何が分かるというのかと問いただしたかったが止めた。今は自由に空を飛びたいのだ。何を言ったところで聞く耳を持たないだろう。かつての自分がそうであったことように。





作品名:十七歳の踊り 作家名:楡井英夫