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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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二人の休日

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 もちろん本人には言っていない。そんなことを言ったら顔を真っ赤にしたあげく、照れのあまりに機嫌を損ねてしまうだろう。けれど言えないのがもったいないぐらいに、あの時の奈央子は可愛かったと思う。何度思い返しても飽きないほど、文字通り夢にまで見るほどに。
 ——今日は、久しぶりに定時で仕事を終えた。片付けてから申請書を1枚書き、提出する。少し驚かれたが、特に支障なく検印をもらえてほっとした。
 会社を出てすぐに電話をかけると、3コール目でつながった。
 「もしもし、お疲れさま。どうしたの?」
 「あ、今から帰る。メシよろしく」
 「え、もう終われたの。早いじゃない」
 「今日で一段落させたから。でさ、明後日休むから」
 「えっ、……大丈夫なの、そんな急に」
 「たまたま休む奴いなかったから申請通してもらえた。今んとこ急ぐ件もないしさ」
 「……そう。よかった」
 その「よかった」が、本当に安心したような響きと深い呼吸音付きだったから、唐突に罪悪感が強くなった。予想以上に彼女を心配させていたということを認識して。
 まっすぐ帰るから、と言って通話を切り、今度は柊自身が深く息をつく。お互い無理はしないって約束したはずだったのにな、と自戒する。忙しいのを言い訳にして、少しでも出産育児費用を稼いでおくに越したことはないからと、疲れ具合をちゃんと自覚しないままに働き続けていた。
 年明けには子供が生まれて、父親になる。それを今は周囲の大半が知っているから、何かにつけてからかわれることが日に日に増えている。だから、必要以上にムキになっていた面もあるかもしれない。
 ……これでは本当に、少し前までの奈央子と同じだなと思った。責任と役目をこなそうとするあまり、一心に頑張りすぎてしまう。
 けれど彼女も自分も、他の誰でも、いつまでも頑張り続けることはできない。タイミングを見計らって休む必要がある。
 考えてみたら、結婚してから——正確に言えば奈央子の妊娠がわかってから、二人同時に「休んだ」ことはないかもしれなかった。この半年近くずっとバタバタしていて、本当の意味での「休日」を過ごしてはいない気がする。
 明後日は、二人で一緒にのんびりしよう。何もせず、どこにも出かけず無駄な時間を過ごして。いや、天気が良ければ散歩ぐらい行ってもいいかも。近所をそぞろ歩いて、手をつないで。奈央子はきっと照れまくるだろうが、嫌がられても離さずにいよう。
 自分がそうした時の奈央子の、困りきった表情やぼそぼそと抗議を口にする様子が、実にリアルに想像できた。それを見るのが楽しみで、また口の端が上がってくる。
 意地が悪いのは承知しつつも、奈央子のそういうところが好きなんだからしかたない、と柊は自分に対して思いきり開き直った。
作品名:二人の休日 作家名:まつやちかこ