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似たもの同士

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大丈夫。
私離れないから。

空間荘 203号室の場合

『空間荘』
空間と書いて『そらま』と読ませる。
入居した当初、管理人さんが由来を教えてくれた気がしたが忘れてしまった。
あまり綺麗とは言い難い『空間荘』の203号室。
そこが私の住居だった。
大学入学時に引っ越してきたから、今年でもう2年目だ。
私はふあっと欠伸をして、がらりと押し入れの扉を開ける。
かび臭いにおいがあたりに広がり、私は思わず顔をしかめた。
「おはよう」
暗い押し入れにそう言うと、一拍おいて
「おはよう」
と返ってきた。


彼は古川望という名前の人間だったものだ。ここには二ヶ月程前からいる。
人間だった。ということは、今は人間ではない。
そう。彼は死んでいた。

「早く出てきてください。今日は布団を全部干すつもりなんです」
「うーん……待って。もう少し寝かせて……」
「体に手つっこみますよ」
「すみません」
どうも、幽霊は自分の透けた体に物が通り抜けるのが至極嫌らしい。
望さんはふよふよと押し入れから出てきて、私の後ろにちょこんと座った。
細い目がまだ眠そうにうとうとしている。
ふわふわの髪の毛には何故か寝癖がついていた。
幽霊なのに。
「あれ? 今日玲歌(れいか)さん学校は?」
「今日は日曜日ですよ」
「あぁ。そうか」
人間とは時間感覚が違うらしい。望さんはよくこうやってとんちんかんなことを
聞いたり、日付や時刻を聞いてきた。
私は押し入れから冬用の布団を引っ張りだし、要領よく物干し竿にかけていく。
何故こんな暑い日に私は冬用の布団を引っ張り出してわざわざ干しているのか。
勿論それには理由がある。
押し入れに望さんがいるせい(かどうかは定かではないが、多分そうだ)で布団
がすぐかびてしまうのだ。
幽霊はきっとじめじめしてるんだな。と私は勝手に納得して、布団叩きでパンパン布団を叩く。
「玲歌さんうるさいですよー。ご近所迷惑ですよー」
「幽霊がご近所迷惑なんて考えなくていいの。それにここに住んでる人達は皆変な人だから大丈夫」
私はまたパンパンやる。
かび臭い。
「あの、それって僕もはいってます?」
「はいってないわ。だって望さんは変な”人”じゃないもの」
「確かに……じゃあ、その幽霊からお願いなのですが……眩しいのでカーテンしめてもらってもいいですか?」
「構わないわよ」
私はくるりと後ろをむいて、カーテンをしめる。
彼はよく幽霊の弱点として挙げられる、光が嫌いであった。
だからいつもは押し入れにこもっている。
他にも、お経や、塩。お札に坊主、あと何故かネクタイ(これは生前苦手だった
からとかだと思う)なども嫌いであった。多分宗教関係は全部ダメなのだと思う。
そうだ。忘れてた。あと彼は幽霊が嫌いだった。
ちょっと前の話である。
私が夜中一人でホラー映画を見ていると、押し入れの様子がおかしい。というか
、がたがたやかましい。私が
「望さんもしかして怖いの?」
と聞くと、彼は何も言わずにがたがたと音を大きくさせた。
映画の音が聞こえなくてムカついた私は、押し入れを開けて彼の体めがけてリモコンを投げた。
透けた体に、リモコンが通り抜ける。
彼は「ひやぁ!!」と叫んで静かになった。
ちょっと悪い事をしたと思う。


「玲歌さん楽しそうですね。布団叩き」
「なんで?」
「なんかリズムとってますよ」
恥ずかしい事をしてしまった……。
私は一際大きな音をたてて一度布団を叩いた。伸ばしっぱなしの髪がゆらゆら揺れる。
その音にびっくりしたのか、望さんは「うわぁ」と声をあげた。
「望さん。幽霊の癖に怖がりすぎですよ。幽霊は人間を怖がらせるものなのに」
「でも一回死んだくらいじゃ性格は変わりませんよ」
そういうものなのか。
私が溜息をついて部屋に入ると、望さんはテレビをつけようとしていた。
自分が透けているのを忘れていたらしい望さんは、指がテレビを通り抜けてしまい、「ひやぁ」と叫んだ。
「そろそろ学習して下さい」
「無理だよ。だって幽霊には脳がないんだもの」
「でも望さん色々考えたりできるじゃない」
そう言うと、望さんは黙った。
望さんには生前の記憶がない。正確には、思い出。
基本的な知識や、自分の生前の性格などは覚えていた。しかし、生前の思い出になると、からっきしだった。
あと何故か、脳がない望さんは考えることもできた。まぁごく簡単なことだけだが。

「望さんが成仏しないのには理由があるの?」
「突然どうしたんですか? んー理由かぁ。なにしろ生きていた頃の記憶がないからなぁ」
その通りだ。
「このままだと望さん怨霊とかになっちゃうんじゃない? 怖い」
「無表情、棒読みで怖いって言われても信用できないけど……」
私は座ったままテレビの前まで移動して、電源をつけてやった。
途端に部屋がうるさくなる。

「あっそういえば……でも、死んだ瞬間の気持ちはなんとなく覚えています」
望さんは、へにゃっと笑った。優しい笑顔だった。
「なに?」
私はドキドキしながらなるべく冷静にそう聞く。




私が望さんを殺してしまった時、彼はどう思ったのかを。


そこは最近よく交通事故がおこる場所だったらしい。
私は車で望さんを轢いた。

しかし、世間は、周りの人達は私を被害者として扱った。

理由は明瞭だ。望さんは免許取りたての私が運転する車に飛び込んできたのだ。

確実に自殺だった。

望さんのお母さんには、泣きながら何度謝られた。
私もつられて泣きながら、申し訳ございませんと呟いた。
私はあまり非難されなかった。罰も軽かった。
皆が望さんをこぞって責めた。
味方であるはずの両親も泣きながら責めた。
それまで私は全く望さんのことなんて知らなかったけど、流石に同情した。
死んでしまってからも責められるなんて。
多分永遠に消えないであろう映像だけが私を責め立てた。
それは大破した車と、大きく開いたエアバックと、近くの店にあった人間みたいな人形の目と、ぐにゃりとした人形みたいな望さんの体だった。


そして、事故のゴタゴタが済んだあと、ようやく家に帰ると望さんは私の家の押し入れで、すやすや寝ていた。


「うーん。なんでかわからないけど、何故か嬉しかったのを覚えてますよ」
あぁ……。
それは多分くだらない人生とおさらばできる喜びだ。
私は泣きそうになった。
望さんは笑っている。
何も覚えていない望さんは、笑い話にしている。「おかしいでしょう? 死んだっていうのに嬉しいだなんて」といった具合に。
「怜歌さん? どうしたんですか?」
「なんにもない。それより望さんはおかしいね」
「でしょう? どうしてこうなんでしょうね」
クスクス笑いながら、望さんはふわりと宙に浮いた。
「とにかく、理由がわからないので成仏もなにもないですね」
「そう」
望さんが話を元に戻す。
幽霊が成仏するのもなかなか大変らしい。
私は馬鹿騒ぎをするテレビに向かって暴言をはきたくなった。
「怜歌さん。今日はずっと家にいるんですか?」
「え……? いるけど」
眉間にしわをよせて聞き返すと、望さんはびくりと肩を震わせて何故か「ごめんなさい」と言った。
ただちょっと不思議に思っただけなのに……。
作品名:似たもの同士 作家名:佐伯けい