鴉 序章
「ねぇ、鴉ってさお伽話しとかでさ、魔女のさ、肩にさ、良く乗ってるじゃん?」
「あぁ・・・そうだな。」
「あれってさ、やっぱりさ、なんかさ、鴉って魔って感じするから?」
「ローズあんまり、さっさ、言うなや・・・」
「どうだろうねぇ~そんなイメージ付けられて鴉も良い迷惑だよね。」
「悪や死の象徴とされることも多いが、神話なんかじゃ神の使いとか言われてるな。
一部の国じゃ崇めてるとこもあるくらいだ。」
「へぇ、じゃぁさ、僕らはどっちだろ?」
ビルの立ち並ぶ通りを4人の男が歩く。
時刻は午前3時半過ぎ。昼間はサラリーマンやOLが
汗水たらしながらせっせと走り回る街中も
今は静かに眠っていた。眠る町のアスファルトを踏む靴の音が
響き、それに混じって男たちの声がする。
月明かりに照らされて薄っすらと確認できるその姿は
まるで死を運ぶ漆黒の魔女の使い魔。
「どっちも何も、鴉だろ。」
男たちはあるビルの入り口に止まる。
どのビルも殆ど電気を落として静まり返っていたが、
ここだけは真夜中だというのにまだ煌々と明かりが付いていた。
入り口に近づくに連れてはっきりと見える男たちの姿。
その手には皆、このご時勢に似合わない物騒なものを握っていた。
黒髪の男が手に構えた銃の引き金を迷うことなく引く。
大きな音を立てて割れたガラスを踏みつけ、紫の髪の男がビルの中へと
入っていく。銃声とガラスの割れる音に駆けつけた
サラリーマンとは思えないスーツ姿の男が5人。胸ポケットから警棒を出し構える。
「何者だてめぇ!」
ドラマや漫画でお馴染みの決め台詞を大声で叫ぶ男に、
嘘臭い笑顔を浮かべながら、一番初めに乗り込んだ紫の髪の男は答えを返した。
「ん~魔女の使い魔??」
ヘラヘラと軽い言葉が男達の耳に入ると同時に一人の男の身体は
その、言葉以上に軽々と宙を舞って、胴と足が文字通り真っ二つになった。
ヘラヘラ笑った男が返り血が顔に歪な模様をつけて行くのも気にせず、
手に握った刀をしっかりと構え、さらに続けて二人の男を斬って行く。
虫を殺すよりもずっと、躊躇いの無い動きに恐怖を感じたのか、
残った二人はビルの上へ逃げようと恐怖の対象である男に
背を向けた。
その瞬間だった。
それまで、ずっと光景を見ていたガラスに銃弾を打ち込んだ
男が後ろから再度引き金を引いた。
逃げようとしていた男たちの頭を綺麗に打ち抜く。
その死体の上を踏みつけ、刀を持った男と銃を持った
男は階段を上へと翔けて行く。
床の上で永眠している男達を横目に
残された二人は階段を上っていく。この異常な光景を
目の前にしても彼らは動じず気だるそうに足を進めた。
二人の視界にはもうすでに先に行った男達の姿は確認できず、
銃声と人の悲惨な叫び声だけが、聞こえてくる。
「あーあ、蠍もブンちゃんも行っちゃたぁ・・・」
片目に眼帯をつけた金髪の少年が独り言のようにつぶやくと
隣にいる真っ青な髪をした青年が大きな欠伸を
しながら重たい足取りで階段を上がる。
「ええやろ。あいつ等にやらせとけば。」
「みっちゃんサボりだぁ。」
先陣を切った顔に笑顔を貼り付けた男は
最上階の奥にある部屋の前で一度足を止めた。
他の部屋とは確実に違うつくりのドアは一目で
社長室だと分かるデザインだった。重たそうな
そのドアをノックもせずに蹴り飛ばして開ける。
否、壊した。
カチャン
ドアを壊し勢い良く部屋に飛び込んだ男の頭に
二丁の拳銃が突きつけられた。
男は動きを止め目だけを動かし、左右に立つ
二人の男を確認した。
この絶対絶命な状況に立たされても、
尚男の血だらけになった顔は今だにヘラヘラと薄い笑顔を
浮かべていた。
笑顔の先には黒い革の椅子に座った中年の男が映る。
中年の男は貫禄を感じさせる口元の髭を二、三回掌で
撫でると、胸ポケットに入れた葉巻を取り出し、
金歯が目立つ口に慣れた様な手つきで運ぶ。
すると、中年男の斜め後ろに立っていた赤いドレスの女が
ライターで葉巻に火をつける。
肺まで吸い込んだ煙が男の口から空気中に放たれる。
その煙が男の顔を一瞬隠し、空中にスッと消えるころ
男の口が開かれた。
「誰の回し者だ。」
張り付いたような笑顔を崩すこと無く銃を突きつけられた男は
薄い唇を軽く動かして、人を小馬鹿にした口調で
笑いを含みながら中年男に答えた。
「もう、気付いてるんじゃないの?」
眉を潜めた中年男にさらに、男は発言を続けた。
「真っ黒な目、真っ黒な身体、真っ黒な・・・」
バァッン!!バァッン!!
真っ黒な翼
言葉が言い終わる前に男は身体を下に伏せ、
男の頭に銃を突きつけていた二人はその速さに
付いていけず、互いの頭を打ち抜く。
頭から血が噴出したその奥から、真っ黒な髪をした男が
部屋に飛び込んでくる。
「!?」
中年男の視線と飛び込んできた男の視線がぶつかる。
その姿を確認した中年男の瞳孔がゆっくりと開かれ、
先ほどより短くなった咥えたままの葉巻が床に
ポトリと落ちる。皺だらけの口もとが歪み、
擦れた声が静かに、でも確かにこう言った。
「鴉・・・!?」
ガウン!!
中年男の最後の言葉は虚しく空気の中に消え、
二度と聞くことは出来なくなってしまった。
身を伏せていた男が身体を起こし、刀を鞘に納める。
顔に着いた血を服の袖で拭きながら拳銃を腰に着いている
ショルダーにしまう黒髪の男の背中を蹴り飛ばした。
「ちょっと!!ドコに行ってたのよ、途中まで俺と一緒だったじゃん!」
蹴り飛ばされた男は自分の背中を擦りながら、
ふざけた口調で自分を責める男のほうに振り返り、ずれた眼鏡を中指で直す。
「トイレに行っていた。」
「はぁ!?」
綺麗に整えられクールな印象を受ける容姿から放たれたのは、
この状況では考えられない返答だった。
彼らの圧勝だったとはいえ、ここは戦場だ。
その最中、この男は用を足しに行っていたというのだ。
一体、どれだけ図太い神経をしているのだろうか、
謎で仕方ないと、何時の間にか顔から笑顔を消した
男が頭を抱えながら大きな溜め息をついた。
「あー居た!」
図体のでかい男達が漫才並みの会話をしていると
大分遅れて残りの二人の少年と青年がやってきた。
金髪の少年は両手で錠剤が入った袋を一杯に抱えている。
壁にもたれながら、また欠伸をしている青髪の青年は、
部屋の中の光景をチラっと見て中に入る。
「あ・・・あんた達一体何者よ!?人殺し!」
中年男の傍らに居た女が突然悲鳴を上げ始めた。
すっかりと怯えきった顔をしながら、床に落ちていた
銃をカタカタと震える手で握っている。
「化け物!人殺し!鬼!!」
女は思いつく限りの罵声を男立ちに浴びせ、
引き金に指をかける。激しい音を立てながら
弾が発射されるが、虚しくも男達の誰一人にも当たることは無い。
気が狂った女は銃を連射した。音だけはリズム良く鳴るものの、
やはり弾は床や壁に穴を開けるだけで、
目の前の消し去りたい存在には一切当たらない。
銃の弾が切れたのか、カチカチと引き金を引いても