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紳士は恋で作られる

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「とてももう一度お召しになるような状態での放置ではありませんでしたが? すっかり皺だらけな上に、ここに染みも。染みはついた時点で処理しないと、完全に取れない場合もあります」
「染みが付いたなんて、気がつかなかったんだよ」
「カトラリー(ナイフ、フォークなど)の使い方がまだ不得手でらっしゃるのですから、常日頃、注意なさるのがあたりまえでしょう。染みをつけるなと申しているのではありません。未熟な部分を自覚して行動なさってくださいと申し上げているのです」
 辛辣。あれね、バツの悪さからくる照れ隠しだわね。口調は変わらないけど、見ちゃった私には表情も口調も違って見える。
 だってほらほら、髪をかけている方の耳たぶがピンク。普段、そんなことないもの。目ざといアンディなのに、どうして気づかないのよ。環境が違うから疎くなってんのかしら。
「乗馬なさったのなら、シャワーをお使いになりますね? フィリスに新しいシャツをお出しするように伝えておきます。間もなくミッディ・ティ(午後三時くらいのお茶)ですので、お仕度が済みましたら中庭のガゼボ(東屋)にお越しください。今夜のディナー・メニューとワイン・リストをお持ちいたします」
 イーニアスが行っちゃうわ。呼び止めもしないなんて、気づいてなかったのね。
 あら? でもちょっと変。あれだけ辛辣に言われたのに、アンディったら言い返しもしない。それに、イーニアスを見てる。彼が通り過ぎると同時に目を向けたわ。不思議そうな顔してるけど、どうなの? ねえ、どうなのよ、アンディ?
 結局、そのまま行かせてしまったわね。アンディはバスルームへ直行。やっぱりベッドの上に脱ぎ散らかしてる。ランドリー・バスケットはバスルームにも置いてあるのに、懲りないわね。


 私、今日は晴天の霹靂的気分。思いがけないことばかりだったもの。二人ともお互いを意識していることは確かね。まったくいつの間に。
 あんなに相性が悪そうだったのに、何がきっかけなのかしら。今じゃ完全にゲイのアンディはともかく、イーニアスまでそのケがあったなんて驚きだわ。
 アンディは未確認だけど、イーニアスはシャツにキス時点で決まりでしょ? いくら染み抜きは早い方がいいからって、まさか唾液で何とかしようだなんて、優秀な次期執事がすることとは思えないもの。
 それに彼、アンディに対して辛口で口うるさいけど、意地悪で言ってることは一つもなくって正しいことばかり。今夜のディナーの飲み物の件だって、さりげなくフォローしてくれたのよ。ミッディ・ティブレイクで渡されたワイン・リストの中に、もう一枚、手書きのが挟んであって、それはもともとのリストの半分くらいの種類だったの。
 ここの地下にあるワインセラーにはね、すごい本数のワインがあるの。通常の食事で飲むくらいのは、その時の当主がワイン通でもないかぎり、ある程度決まっているらしいけど、今夜のディナー・レッスンはアンディが選ぶことになっているから、料理のメニュー見て、どう言ったものが合うか見極めなきゃなんない。ワイン・リストの候補も、持っている全てじゃなくてもパーティー用並に多いの。ランプリングさんって容赦ないって感じ。そう言ったところはイーニアスのおじいちゃんだなぁって思うわ。アンディはビール党だし、どんなワインでも気にしないわけよ。はっきり言って、毎日出されるワインも意識して飲んでいるかどうか怪しいもんだわ。お肉は赤、お魚は白くらいのことしかわからないでしょうよ。それだって肉や魚の種類によって、必ずしも赤が合うとかどうどか決まってないみたいなの。
 ランプリングさんならこう言うわね。
「毎日、ちゃんと味わってらっしゃれば、おわかりになるはずです」
料理はこの夏、一度は食べたことがあるものからチョイスされているし、ワインだって飲んだことあるものが入っていて、リスト・アップの大半は引っ掛けなの。完全に復習テストだわね。もし変なワインをチョイスしていようものなら、次の日のディナーでどんなお仕置きが待っていることか。
 イーニアスは無言だったけど、アンディには小さいリストの方から選べってことがわかったみたい。あとでマリアンヌさんがこっそりアンディに教えてくれたんだけど、小さいリストのワインは、どれを選んでもその夜のディナーの料理には合うようになっていたんですって。「アペリティフ(食前酒)にはシェリー、ポワソン(魚料理)には白、ヴィヤンド(肉料理)には赤、ディジェスティフ(食後酒)には貴腐ワイン」って言う最初に教わった初心者用の常識を覚えていればオッケーって言う風にね。イーニアスのことだから「主人の恥は、執事の責任です」とかって言うでしょうけど。
 まあ、ディナー・メニューのポワソンやヴィヤンドの付け合せが、豆料理とかフイユテって言うパイ生地を使ったものに、手書きで変更されてたのには笑えたけど。つまり、アンディのナイフとフォーク使いじゃ高難度なお料理なの。愛のムチってヤツね。ワインの件で助けられたことに感謝はしても、これじゃあアンディは素直にお礼を言いそうにないわ。
 意地っ張りな二人だけど、上手く行くのかしら。意識する以上に発展するのかしら。私が人間の言葉を喋れたら、キューピッド役を買って出るのに。

作品名:紳士は恋で作られる 作家名:紙森けい