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紳士は恋で作られる

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「『言わせろ』、『詰まるだろ』と、また語尾を省略していますよ。」
 アンディったら、苦虫噛み潰したみたいな顔をしてる。
 この夏の課題はどうやら、「正しい言葉遣い」みたい。イーニアスも容赦ないんだから。逆効果じゃない。「褒めて伸ばす」とかってこと、知らないのかしら。
「それにそのペットのカメですが、お部屋の方にカメ用ケージをご用意してあるのですから、そちらに入れてください。あたり構わずフンをして汚されたら困ります」 
 何ですって?! 失礼な! 私だってちゃんとTPOを弁えてるわよ。鉢植えの中とか、カーテンの陰とか。今までピカピカの廊下やホールの高そうな絨毯にしたことがあった?!
「アレックスは器用だから、あんなケージ、すぐに脱走すんだよ。こうして目の届くとこに置いとく方が見張れていいだろうが。なぁ、アレックス、おまえも一人だと寂しいよなぁ?」
 そうよ、あんなところに一日中閉じ込められて、退屈だったらありゃしないわ。私には歩ける足や手があるんですからね、ミズガメと一緒にしないで欲しいわね。それに女は好奇心旺盛なのよ。
「ともかく、言葉遣いはお気をつけください。来週末には旦那様がお客様をお招きになります。恥をかきますよ」
「恥くらい、かき慣れてるさ」
「あなたが恥をかかれるのは自業自得です。でもそれは旦那様の恥にもなる。あなたを次期伯爵にと強く押されたのは旦那様ですから、そこのところをご承知おきくださいと、いつも申し上げているはずですが」
 二人とも恐い顔でにらみ合ってる。イーニアスも最初の頃に比べてずい分表情を出すようになったわ。
 私ね、イーニアスって実はとっても情熱的なんじゃないかと思うのよね。それでなくてもあんなに自制心が強いんですもの、ストレスは溜まっているんじゃないかしら。
「失礼いたします。イーニアス、ランプリングさんからの伝言ですよ」
 メイド頭のマリアンヌさんが入ってこなきゃ、この微妙な雰囲気がいつまで続いたか知れやしない。もっとも、アンディの方が耐えられなくなって、あと一分で部屋を出て行っちゃったろうけどね。
 イーニアスが受け取ったのは、彼のおじいちゃんで執事のランプリングさんからのメモ。
「祖父が今から出かけるそうです。夕食までに戻れないから、」
「じゃあ、今夜のマナー教室は中止だなっ?!」
「…ディナーの飲み物をあなたに選んで頂くようにと。祖父が不在でも僕がいるのですから、ディナーのレッスンはいつも通りですよ」
 ここでのアンディの生活は、全てが「レッスン」なのね。だから食事の時間も、マナーの練習みたいなもんなのよ。来週末にホーム・パーティーを開くことになってるから、ディナーの時のはそりゃキビシイの。
 孫のイーニアスと違って、ランプリングさんはアンディに結構甘いんだけど、ディナーばかりは鬼教官。この前、ヴィヤンド(肉料理)で骨付き仔羊のコンフィとかってのが出て、アンディはフォークやナイフを使う骨付き肉の料理なんて食べたことないから下手くそでね、美しく食べられるまで五皿も食べさせられていたわ。そうなの、ちゃんと食べられるまで何皿も出てくるの。「身体で覚えろ」ってことね。初めて食べるようなものばっかだから、大変よ、アンディも。
「ディナーのメニューと飲み物のリストをティブレイクの際にお持ちします。それでは、僕は祖父に呼ばれていますので失礼します」
 イーニアス、ちょっと機嫌が直ったみたい。意地悪な笑顔にも見えなくもないけど。アンディは相変わらず、口をへの字にしてむくれた顔してる。
「またフレンチかよ。ハンバーガー、食いてぇ!」
声が大きいわよ、アンディ。ほら、やっぱり。
「『ハンバーガーが食べたい』。大きな声で食べ物の名前を叫ぶなど、はしたないですよ」
 イーニアスに聞こえちゃったじゃないの。イーニアスも、戻ってまで訂正するなんて大概ね。意地になっているんじゃないかしら。
 一時が万事こんな調子だから、二人が歩み寄ったりする時はくるのかって感じ。
「くっそ、取り澄ました顔しやがって。あいつをギャフンと言わせる手はないのか」
 今のところ、ないんじゃない? 少なくともここはイーニアスのテリトリーですもの、アンディには分が悪すぎるわ。
「ちゃんと出来ても、『まあまあですね』みたいな顔しやがって。褒めて伸ばすって気はないのか、なあ、アレックス」
 私と同じこと考えてるのね。アンディは褒められて伸びるタイプ。乗馬だって、ジョルジュさんが褒め上手だから、今じゃスタント出来るまで上達しているの。まあ、ジョルジュさんも馬の背中に立って乗って欲しいとまでは思ってなかったでしょうけど、それでも「すごい」って言ってくれたもの。イーニアスは「ここはサーカスではありません」って一言だったっけ。
「あれはダメ、これはダメ…じゃ、ヤル気も失せる」
 うん、うん、わかるわ、アンディ。言い方がむかつくのよね。
「お、アレックス、頷いてくれてんのか? 俺の気持ち、わかってくれてるんだな。お前が人間だったら、惚れちゃうかも」
 そりゃ無理って言うものよ。だって私、人間だったら女の子だもの、恋愛対象外なのよね。付き合いも三年になるんだから、いい加減、気づいてくれてもいいのに。
 やれば何でも出来る子なんだから、あんたも本気になってみたらどう? SAT(大学進学適性テスト)だって、大学に行くって決めてからの猛勉強で乗り切ったって聞いてるわよ。
 言葉遣いも、わざとスラングなんか使ってみせて。おじいちゃんと二人きりの時は、タメ語だけどちゃんときれいな発音してるじゃない。なのにイーニアスには意地張っちゃって。
「ちったぁ笑って見せたらどうなんだ。良くても悪くてもポーカーフェイスだから、崩したくなるだろ」
 え? もしかしてわざとやってる? 反応を見てるの? えええ? アンディ、どう言う事よ?
「馬でも乗ってこよ」
 ちょっと待ってよ、詳しく聞かせて、アンディったら。


作品名:紳士は恋で作られる 作家名:紙森けい