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紳士は恋で作られる

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 私、アレクサンダー、通称・アレックス。ニューヨーク生まれニューヨーク育ち、イケイケな五才よ。
 五才なんて、ミルク臭い子供じゃないかですって? あら、ごめんなさい、言葉足らずだったわね。私、ホルスフィールドリクガメって言うカメなの。だから早い子なら卵も産める一人前の女なのよ。
 今、すごく不思議そうな顔をしているわね。わかるわよ、アレクサンダーって名前に引っかかっているんでしょう? 言っておくけど、ドラァグ・クイーンじゃないから。正真正銘の雌。それもカメ界じゃ結構な美人なのよ。甲羅の模様だって、ゲオケローネ・エレガンス(星ガメ)に負けず劣らず美しいって言ってもらったことがあるんだから。
 私の飼い主が雄だって思い込んでるの。私を見た途端、「うん、アレクサンダーって顔だ」って、どんな顔よ、いったい。
 そりゃね、カメの性別は見分けがつきにくいってこともあるわよ。でも私の飼い主の場合、最初から雄だと思ってるから、確認しようとしないのよね。一匹で飼われているからいいものの、他のカメと一緒だったらいい恥さらしだわ。
 そのおちゃめさんな私の飼い主を紹介するわね。
 名前はアンドリュー・ローズ。コロンビア大学の三年生なの。彼も生粋のニューヨーカー。ブラウンのロング・ブレイズを後ろで束ねてね、不精髭を散らした口元がセクシーでワイルドな印象にしているんだけど、ちっとも汚らしくないの。それはきっとエメラルドのような暖かい色の瞳と、どんな格好をしても滲み出る品の良さから来ていると思うのよね。
 だって彼、実はご領主様なんですもの。正しくは「将来の」がつくんだけど。
 アンディ――これは愛称。友達はみんなこう呼ぶわ――は、ヨーロッパ某公国の伯爵家の跡取りなの。本人もつい三年前まで知らなかったことよ。
 アンディのパパがソールズベリ伯爵の三男坊だったのね。すごく自由奔放な人だったみたいで、アメリカの大学に勝手に留学したかと思うと、下宿近くのカフェでアルバイトしていたヒスパニッシュのママと学生結婚しちゃったの。当然、「勘当!」ってことに。だってパパの上にも下にも兄弟はいたし、跡取りの心配なんていらないはずだったんだもの。
 でもね、ヨーロッパの貴族社会にありがちな血族結婚ってのが関係しているのか、身体が弱くて早くに死んじゃったり、子種がなかったりで、気がついたら「跡取りがいませんでした」ってことになって。それで勘当された三男坊のパパが思い出されたんだけど、パパはアンディが四歳の時に死んじゃってるから、面倒なことがその子供に回ってきたってわけ。
 もちろんアンディは貴族なんかに興味はなかったわ。自由なアメリカで生まれ育った人間が、かび臭いしきたりの世界なんかに行ったら苦労するのは目に見えてる。第一、跡取りってことは、次の跡取りを作らなきゃいけない義務もあるってことよね? そんなの無理だもの。アンディはゲイだから。人工授精とかってケースも考えられるけど、カトリックの伯爵家にそれは許されることかしら?
 ただママが、出来ればソールズベリ家を継いで欲しいって言い出して。あ、決して財産目当てってことじゃなくってね。
「私は結婚して欲しいって思ったことなかったのよ。あんたを授かっただけで充分だった。お坊ちゃん育ちのパパに、ニューヨークでの貧乏生活なんて無理だってわかっていたもの。案の定、慣れない仕事で身体壊しちゃって長生き出来なかったわ。ママはずっとあちらのご両親に申し訳ないと思っていたの。息子をたぶらかした女だって罵られても仕方ない。そんな女の息子なのに、あんたを跡継ぎにしたいって言ってくれて」
「俺は嫌だよ。伯爵だなんて、世界違い過ぎだろ? 第一、子供が作れるわけねぇじゃん。俺、ゲイだぜ?」
「バイでしょ? あんたの初体験ってリタじゃないの。作ろうと思えば作れるわよ。それにね、アンディ、あんたはまだ十八で、全部が全部、親に逆らえる年じゃないんだからね」
 アンディはママに頭が上がらないのよね。女手一つで育ててくれて、歯の矯正も教育も恥ずかしくないようにしてくれたし、大学進学まで後押ししてくれたし。そりゃアンディだってアルバイトして奨学金も受けられるように勉強してるけど、ほらやっぱり若気の至りで横道に逸れそうになったことだって、一度や二度、あったわけよ。そのたびに尻拭いしてくれたのもママだったみたいなのね。
 それで押し切られちゃって。アンディはママがちゃんとパパの妻だってことを伯爵家が認めることを条件に、とりあえず後継者見習いってことで、夏休み毎にソールズベリ家に行くことになったの。それが三年前からの話。
 ちょうど私が彼のところに来たのもその頃なの。と言うのも、『敵地』に乗り込んでいくわけだから、さすがのアンディも心細かったのよね。犬や猫だと、やれ検閲だなんだで面倒でしょ? それにアンディはもともと『私達』が好きなの。雄雌は見分けられないけど。
 だから私が選ばれたってわけ。デイバックに入るから機内に持ち込めるしね――本当はダメだから、良い子は真似しないで。
 窮屈だけど、でもいいの、旅が出来るんだもの。ファーストクラスに乗って空を移動するカメって、ちょっといないし、カッコいいでしょ?

作品名:紳士は恋で作られる 作家名:紙森けい