小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

炎の女アン・ブーリン物語/ヘンリー8世と6人の妻

INDEX|4ページ/4ページ|

前のページ
 

 かつての皇太女がエリザベスの屋敷の片隅で身を縮 めて暮らさねばならないと知って、国民はますますアンを毛嫌いした。

 考えてみれば、アンは一度も王妃らしく振る舞ったことがなかった。
 キャサリンとは異なり、政治はサッパリ分からなかったし、金貨も宝石も独り占めにした。アンの王妃としての勤めは、王子を産む…それだけだった。
いつしかヘンリーにとって、アンは恋人ではなく、子供を産む道具に過ぎなくなっていた。かつて魅力的に思えた激しい気性も、今は単なるヒステリーにしか見 えなかった。
 キャサリンを罵倒した口調は、そのままヘンリーや周囲の者に向けられた。宮廷の貴族達は、影でアンを「カラスのように黒い女」と嘲った。

 エリザベスが生まれて2年ほどたった頃から、アンの周囲には黒い噂が流れ始めた。虐待されていたメアリー王女が、何者かに毒殺されかかったという。
 疑いは、メアリーの死を最も望んでいた人物・・・・アンに向けられた。
 また、アンの居室には男の出入りが多かった。主にアンの兄弟達だが、中には怪しげな音楽士や、若い貴族も混じっていた。
「姦通ではないか?」
という恐ろしい言葉も囁かれた。今やすっかりアンへの興味が薄れてしまったヘンリーの傍らには、すでに新しい王妃候補がいた。美人ではなかったが、控えめで温かな人柄で男を魅了する女・ジェーン・シーモア。
 ジェーンの温かさが、いっそうアンの性格のきつさを際立たせていた。

 ある日アンがヘンリーの部屋に入っていくと、ヘンリーはジェーンと抱き合っていた。カッとなったアンは、ナイフを抜いて斬りかかった。裏切りを口汚く罵るアンに、ヘンリーは静かに言った。
「おまえのために、キャサリンも同じ苦しみを味わったはずなのに、一言も責めようとしなかった。おまえも言葉に気を付けろ」

 1536年1月、アンは男の子を死産した。
 ベッドの傍らで罵倒するヘンリーに、アンは恐怖の悲鳴を上げたという。
(この女も、まともに子供が産めそうにない)
 ヘンリーはそう見切りをつけた。そして今度はジェーンとの結婚準備を始めた。
 男の子も産めないし、魅力もなくなったアンにヘンリーを引き留める力はなかった。

 失脚したウールジーに代わって寵臣となったクロムエルが離婚理由を探し始めた。キャサリンの時にはあれほど苦労した「別れる理由」が、今回はいくらでも沸いて出た。
 1つはアンの姉がヘンリーの妻同然だったこと。これもキャサリンの場合と同じように不法である可能性があった。
 他にも姦通…メアリー王女と国王の暗殺計画。こちらの方はただの離婚では済まされない。反逆罪である。
 反逆者となれば、面倒くさい離婚手続きなどいらない。ただちに逮捕すればいいだけだ。チューダー王朝の掟では、逆らう可能性がある者は抹殺するだけだった。

 1536年1月7日、キャサリン前王妃が亡くなった時、アンは2人目の子を妊娠中だったが、お祝いと称してパーティーを開いた。それから4ヶ月後の5月2日には逮捕されてしまった。
 罪状は反逆罪。寵臣クロムエルの入念な下準備の結果である。
 アンの逮捕に先立って数名の共犯者が逮捕されていた。その中には陰謀に加担したといわれるアン自身の兄弟もいた。音楽家のマーク・スミートンは拷問の末に「アンとディープキスをして」「三回にわたって関係を持った」と自白した。
 5月15日に行われた裁判では、アンは終始知らぬ存ぜぬで通し、潔白だと主張。不利な証言が出ると、気絶するという有様だった。
判決は死刑。当初は魔女として火あぶりだったが、後に斬首に減刑。
「おほほほ・・・火あぶりが斬首に変更?それで情けをかけたつもり?殺すことには変わりないのに!。」
 アンとの結婚もキャサリンの場合同様無効になり、エリザベスは庶子となった。

 謎の多い裁判である。だいたいいつ捨てても誰も文句も言わないような女のために、なぜわざわざ裁判まで開いて抹殺しなければならなかったのか。
不義密通 はともかく、国王暗殺計画はでっち上げだった可能性が高い。むしろキャサリンやメアリー暗殺計画にヘンリー自身も共犯者であって、その事実を口外されない ために仕組まれたものだったのかもしれない。
 ともあれ、このカップルの末路は見苦しい。まるで仲間割れの末の口封じのようだ。

 裁判終了後、アンは戴冠式の前日に泊まったロンドン塔のクイーンズハウスに入った。
 今回は反逆者としてである。
 ロンドン塔は戴冠式の準備と牢獄という、相反する2つの役割を兼ねている。戴冠式には正門から入るが、牢獄に入る時には「反逆者の門(トレーターズ・ゲート)」から入る決まりだった。
 アンは反逆者の門をくぐる時には怯えたが、監禁されるのがクイーンズハウスだと知って微かな希望を感じていた。
(これは悪夢…いつかは醒める悪夢に決まっている。だって今私がいるのは栄光の場所ですもの。きっとヘンリーは私を脅すために、こんなバカなことをしたんだわ)

 アンはあれほど自分に夢中だったヘンリーが自分を殺害するなどと最後まで信じられなかったようだ。
 1536年5月19日、裁判終了から一週間も経たないうちに処刑は行われた。楽に死ねるように、という配慮から、剣による斬首のうまい執行人がフランスより呼ばれていた。
 その到着が遅れたために、処刑時刻も遅くなると告げられて、アンは取り乱した。
「もうこの時間には、とっくに楽になっているはずだったのに」と。
 アンは赦免の使者が来るのではないか、と振り返りながら処刑台に上った。
 しかし赦免されることはなかった。

 最後にアンは自分の手を見た。悪魔のしるしと呼ばれた6本目の指ともお別れだ。
 もう何も気に病まなくて済む…
 考えてみれば、乳母の予言は当たっていた。国を傾け、重臣達を死に追いやった末に、自分自身をも滅ぼすとは、大したものだと思う。
 アンは高らかに笑った。
                     (完)