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人工的ロマンス

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言葉に出して認識するのを無意識の内に避けた結果かもしれない。
柴田はじっと千佳を見た。
時間にするならばほんの十秒にも満たない間だったろう。
観察するような茶褐色は温かみのない無機質な色をしていた。
「理由がないと言ったらどうしますか?」
見られていると、千佳は思った。
反応によっては殺されてしまうかもしれない。
遅まきながら訪れた恐怖が彼女の体中を走った。
「どうするって……どうしようもないじゃない」
理由のない行動で人ひとりを浚うような相手に、一体何ができるというのだろうか。
千佳はやるせなさのあまり泣きそうな気分になった。
理由があるならばそれを満たせばいいが、理由がないということは全てが彼の意の向くままということだ。
その日の気分によってどうなるかわからない。
いつ解放されるかも、いつ殺されるかも、何もわからないということだ。
「そうですね」
柴田は彼女の呆然とした嘆きを肯定した。
生命の与奪権は彼の手の中にある。
それは明確な事実だった。
「他に何か質問はありますか?」
彼はもう一度同じ台詞を繰り返した。
千佳にはもう何かを尋ねる気力はなかった。
気の抜けた千佳を一瞥し、質問がないと理解すると柴田は一度頷いた。
「では食事を持ってきます。少し待っていてください」
ばたんと閉まった扉が千佳には遠く感じられた。



この部屋に来てからおよそ一週間経った。
太陽の動きが見えないので食事の回数で日にちを計算したが、尋ねれば答えてくれたかもしれない。
千佳の身に危害を加えられるようなことは一切なく、柴田は紳士的な態度であった。
食事は一日三回、少なめではあったが素人目から見ても栄養バランスの取れた健康的なもの支給された。
味に関しては可もなく不可もなく、少なくとも千佳が食事を拒むほどではないが、逆に美味しいと心底思えるものでもなかった。
外部との連絡を取るようなものは無理だったが、望んだ物はできるだけ用意してくれた。
暇を潰す為の本やゲームに生理用品や化粧品、洋服、果てはお菓子などの嗜好品まで、千佳が求めるだけ柴田はそれに応じた。
ただし外部の情報を得ることを柴田は許さなかった。
パソコンや携帯電話などの通信機器は当然のこと、テレビにラジオ、雑誌や新聞などはどれだけ求めても、あの無機質な瞳と平坦な声の前に却下された。
始めは警戒していた千佳も、何も要求せずむしろこちらの言い分を聞こうとする柴田の前に気を緩めた。
大して親しくなくとも元同級生ということで、何となく相手に親しみを感じてしまうものだ。
また彼は千佳にとって限りなく無害であったし、安全だとわかるとこの閉鎖的な部屋はひどく落ち着く場所だった。
面倒な家事はしなくてもいいし、そう退屈だと感じることもない。
慣れてくると、千佳は時折柴田とも会話を交わすようになった。
「そういえばさー、英語の杉田先生いたじゃない? あの先生って右翼っぽかったよねー」
「そうですか?」
柴田は表情を変えず目だけで疑問を示す。彼はあまり表情が顔にでない性質らしい。
そのことに千佳が気付いたのは此処に来て三日目のことだった。顔一杯で感情を表し、人によくわかりやすいと言われる千佳とは大違いだ。
「英語のスピーチでさ、なんか靖国神社のこととか書かされたんだけど、その時ね――」
共通の話題といえば高校の時の話に集中した。
時事的なことは情報の入らない千佳にはわからない。
一つでも話題があるだけマシだと彼女は思う。
文学青年的な見かけとは異なり、柴田はあまり本を好まないようだったので本の感想を言い合うこともできない。
千佳が語れば彼は相槌を入れながら静かに聞いてくれただろうが、一方的な会話を彼女は好まない。
柴田が包丁を持って現れたのは初めの時だけで、それ以降は食事やら差し入れを持ってきたり、手ぶらで訪れることすらあった。
話を振るのは殆ど千佳の方からだったが、柴田もそれなりに会話を楽しんでいる節があった。
あまり饒舌ではないが、柴田から何か話すこともあった。
それは大抵が身近な細々としたことだった。
飼っている犬が子どもを産んだとか、最近包丁の切れ味が悪いので研いだら切れ味が良すぎて指を少し切ったとか。
そんな何気ない、どこにでもありそうな会話を誘拐された人間と誘拐犯が交わしているというのは、何だか可笑しくて楽しかった。



白い部屋に千佳が連れて来られたのが突然ならば、解放も唐突だった。
何の前触れもなく、久々に感じた蒸し暑さに目を覚ました時にはアパートの自分の部屋にいた。
部屋の中は少し埃っぽくて、人がいなかったのだと窺われる。
夢だったのではないかと慌てて枕元に置かれた携帯を開くと、8月11日と表示されている。
進んだ日付に現実を突きつけられる。
何故だか警察に通報する気は起きない。
千佳は携帯を閉じた。
酷く蒸し暑い。
カーテンを開ければ真っ直ぐに日差しが目に突き刺さるのだろう。
暑さに負けてルームウェアから着替えて一息つく。
全滅かと思われた冷蔵庫の中身は、意外にも新しいものが補充されていた。
几帳面に並べられた食材に柴田の面影を感じる。
千佳はなんとなく嬉しさを感じると共に、これからは自分で食事を作らなければならないのだと思い知らされる。
料理は嫌いではないが、何日も自分で作らない日が続くと面倒になってくる。
朝食は近くのコンビニで何か買おうかと考えて、千佳は財布を開いた。
レシート、レシート、スタンプカード、レシート、会員証、レシート、レシート、学生証、レシート、レシート、レシート……。
福沢諭吉どころか樋口一葉も、さらには野口英世さえいない。
小銭は銅とアルミのコインのみ、買えて駄菓子程度だろう、到底腹は膨れない。
「あー、そっか、そーだよねー……」
あの白い部屋の中ではないのだから、お金がないとご飯は食べられないし、服も買えない。
少しばかりあの部屋の中に順応しすぎていた。
不自由ではあったが居心地の良い空間だったのだと千佳は今更ながらに思う。
だが今彼女がいるのはアパートの自室で、身の回りの世話や準備をしてくれる人はいない。
全て自分でやらなければならないのだ。
まずはコンビニでお金を下ろさなければと考えて、千佳は財布をベッドに投げ出した。
白い部屋に入れられてから丁度二週間、蝉の鳴き声が耳に五月蠅い真夏日和だった。



バイトをする気も起きなくて、千佳はクーラーの効いた部屋の中でのんべんだらりと過ごしている。
解放されて既に一週間が経っていた。
もうすぐ大学の後期が始まるというのに、授業の確認すらしていない。
何だか全てが面倒で、これが五月病かと、太陽が我が物顔で振る舞う八月の真っ盛りに季節外れなことを思う。
過ごした二週間があまりにも快適過ぎて、千佳はもう一度監禁されたいかもしれないなどと血迷ったことを考えることもあった。
流石に食料品は生きるために必要だが、その他の雑誌などを買いに外に出ることさえ億劫だ。
蚊に刺された脚がかゆい。
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ
マナーモードにしておいた携帯が震えて着信を伝える。
千佳は読んでいた本に栞を挟んで煩わしげに携帯に手を伸ばす。
表示されたのは名前ではなく見知らぬ番号。
作品名:人工的ロマンス 作家名:真野司