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続・そういうふうにできている

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「……瀬野」
「はい?」
 桜並木の河川敷、並んで腰かけたせんぱいがぼそりとつぶやいた。
「瀬野」
「はい」
「瀬野。……」
「せんぱい?」
 さっきからこっち、神妙な顔でしきりに首をかしげている。ラムネの瓶に口をつけ、ちびりと舐めるように飲んでから言うことには、
「……瀬野って、誰だ?」
「犯しますよ」
「!」
 びくついて涙目になるせんぱいの両肩を、僕はがっしと掴んだ。そのまま、前後左右がくがく揺さぶる。
「なーにーをー、寝ぼけたこと言ってんですか! あなたの目の前にいるでしょう! 一年以上前から、ずっっっと!」
「あ、う、それ、は、だって」
「だって!?」
「宮司は『宮司』じゃないのか?」
 すっとんきょうな言い訳に、思わず力がゆるむ。くわんくわんするらしいせんぱいは、頭上に星を飛ばしながら言い放った。
「宮司、が苗字だろう?」
「――せんぱい」
 声が目に見えるのなら、今の呼びかけには棘がびっしり貼りついていただろう。ひくつくコメカミをおして、無理くり笑顔を浮かべる。
「瀬野、宮司」
「……?」
「瀬野宮司。それが僕の、“本名”です」
「そ……そうなのか」
「そうです」
「そうか……。知らなかった」
 ぶち。
 コメカミのどこかが、キレた。
「バカですか。バカなんですかあなたは! バカ!」
 ……恋人になってからまだ一ヶ月、それ以前まで大きな声では言えないタダレた関係を続けてはいたけれど、一緒にいた時間は長かったはず。少なくとも僕は、ここ一年この人以上に同じ時間を過ごした奴はいない。
 たしかに、たしかによく苗字に間違われるけども。ほとんどの人が下の名前で呼ぶせいで、なんか定着しちゃった感があるけども!
「もう、初対面から「宮司」ってファーストネーム呼ばわりだったから、なんか変だなって思いつつ嬉しかったんですよ! そうですか、そういうオチですか。じゃあ僕が浮かれてあなたのこと「ツバメ」って呼んだのも、早とちりっていうか失礼っていうか気に障りましたかすみませんでしたっ。誰もあなたのこと名前で呼ばないし、ちょっと特別みたいだなとか思ってたのに――」
「いや、名前で呼ぶのはかまわない」
「……。……そーですか……」
「あと、その」
「なんです」
「……つ、ツバメ、って、呼び捨てにしてくれても、かまわない」
「へ」
 ラムネの瓶を、意味もなくいじって。耳まで赤くしたツバメせんぱいが、ぽそりと言う。
「……」
「……」
「つ……ツバ、メ」
「……う」
「ツバメ」
「あ、ああ」
「ツバメ」
「ああ」
「……」
「宮司?」
「……すみません。やっぱり、まだ早いと思いますだって年上だし目上の人だしせんぱいだし」
「どうしたんだ、宮司。そんなに顔を仰いで……蚊に刺されたのか? 見せ」
「ああああ大丈夫ですっ! 覗き込まないでくださいそっとしといてください、お願いですから!」
 顔が熱い。茹だる。恥ずかしい。最悪だ。
 たかが名前呼び捨てくらいで、何をこんなに動揺することがある。木の芽時の子どもじゃあるまいし!
 百パーセント天然精神で心配してくれるせんぱいから、必死に顔を背けた。夜目にも赤くなっている顔なんて、死んでも見られたくない。
「……あ」
 間抜けな攻防戦を遮ったのは、鮮やかな極彩色。
 鋭い着火音の後、夜空高く……とは言えない、家庭用ロケット花火が慎ましく花咲く。
「春なのに花火か」
 せんぱいが顔をほころばせた。ださくてしょぼい、季節外れの花火が、彼の頬を照らす。
 きゅっと、せんぱいの手を握った。
 不思議そうに僕を見る、この人に「空気読んでください」は酷な注文だろう。だから。
「キス」
 ぽぉん。花火がひとつ、ふたつと上がり。
「……しても、いいですか」
 しばらく、せんぱいはぼんやりと呆けていた。何度か口を開閉させて、それから、ようやくじわじわと、頭の先まで赤くなる。
 瓶を持つ、その手にも触れた。結露した雫が伝う。体を寄せて、視線を絡めて。
「宮司……」
 顔が熱い。茹だる。恥ずかしい。
 たかが――たかが、じゃ、ない。
「好きです」
 だって……キス、なんだ。
 わあ、と歓声が遠く聞こえる。いよいよ佳境に入った花火が、最後の締めとばかりに連続で打ち上げられる。ださくてもしょぼくても、きっときれいなんだろう。
 キスに目を閉じていたせいで、見ることはできなかったけれど。


「……すみません」
「なにがだ」
「歯、ぶつかっちゃいましたよね」
「ん……少し」
「…………すみません」
「どうして。痛くはなかったから、大丈夫だ」
「……。あの」
「なんだ」
「せんぱい……もしかして、ファーストキス、ですか?」
「あ、あたりまえだろう」
「そう、ですか。ありがとうございました。ごちそうさまでした」
「……君は?」
「僕?」
「あ、う……いや、いい。やっぱりいい」
「初めてですよ」
「……え……」
「――だからっ。初めて、ですよ……キス」
「……」
「なんですか。言っておきますけど、コイビトだって、せんぱいが初めてなんですからね」
「おれが、初めて……」
「そうですよっ」
「……」
「……ツバメせんぱい?」
 ふと触れる、吐息。
 かすめるような速さで――悔しいことに僕より全然スマートに――僕の唇を奪ってくれたせんぱいは、見慣れた、うるんだ瞳を細めて。
「ごちそうさま、宮司」
 初めても、二度目も。
 ツバメせんぱいとのキスは、ラムネの味がした。




おわり