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続・そういうふうにできている

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『続・そういうふうにできている』




「………………せんぱい」
 葉桜そよぐ春の宵口。
 たっぷり間を溜めて、僕はようやく呼びかけを絞り出す。
 せんぱいは――南光台ツバメせんぱいは、そんな僕の呆れを的確に察したのか、恥じ入るように首をすくめた。
「まさか、学校からそのまま来たんですか?」
「……ちがう」
「なら、着替えずそのまま来たんですね」
「ち、ちがう。着替えて、それからまた……着替えた」
「なんでですか」
「それは、その……」
 提灯の灯りの下、せんぱいは頬を染めてもごもごと、
「……デート、だから」
 ブレザーにネクタイ、生徒会バッヂまできっちり付けた、一分の隙もない制服姿で言い切った。
 ――デート、である。
 それも初。初デート。
 もう口にするだけで脳が甘く溶かされそうな、響き。これほんとに現実? 出掛けに何度も鏡を見て、ついでに頬もつねったけれど痛かった。夢じゃない。
 とりあえず、せんぱいも「デート」であることは認識してくれているらしい。学生会会議か何かと勘違いしているのではと、その制服姿を遠目に見た時は冷や冷やした。
「……」
 気取り過ぎないよう気をつけた、カジュアルな私服の僕と、制服のコイビト兼学生会長と、生い茂る葉桜と、提灯と、ささやかな屋台の連なり。
 たとえ町内のマイナーなお祭だろうと、デートはデートだ。何度だって言う。デート。嬉しくて仕方ないのだ。が。
「何を着ていけばいいのか、迷って。それで、そうこうしている間にスズメが……弟が、帰ってきて。ものすごく様子が変で、それで、心配で心配で何着ればいいんだろうって混乱してそれで……」
「あーあー、わかりました。もういいです。ほら、また涙出ちゃいますよ」
「う……」
 パーカーの裾を伸ばし、せんぱいの目もとをこする。
「弟さん、どうしたんですか? 具合でも?」
「いや、聞いても「なんでもない」の一点張りで……。体調は悪くないようだから、大丈夫だ」
「ならよかった」
 結局、混乱した末に導き出した服装が制服だった、ということらしい。
 さすがに驚いたけれど、せんぱいが予測不可能だなんて今更だ。正直、何を着ていても見惚れてしまうのは変わらない。
 と、おもむろに、せんぱいの腕が伸びてきた。軌跡を追うまでもなく、ぽんと頭に置かれる手のひら。
「宮司は、よく似合ってる。小さくてかわいい」
「――」
 ぽんぽん。
 数度撫でて、僕を見下ろしはにかむ恋人。
「……どうせ百六十センチないですよ」
「ん?」
「いいえっ、なんでもありません! さあ、早く行きましょう!」
「あ、ああ。……?」
 ちくしょうちくしょう。あと一センチ足りないばっかりに!
 夏までに絶対百六十の大台を越えてみせると心に誓う。あとでおぼえてろ、とも、こっそり息巻く。
 まんまと地雷を踏んでくれたせんぱいの腕を引っ張って、賑わう祭会場へ足を踏み入れた。




 わたあめの棒を握りしめながら、憮然と食むそれは甘いようで苦い。なぜかって、隣からあからさまになまあたたかい視線が飛んでくるからだ。
「……なんですか、ツバメせんぱい」
 横目でにらめば、せんぱいは涼しげな目もとをほわんとゆるませて、
「甘いの、好きなのか」
「まあ、嫌いではないです」
「甘いものの他に、好きなものはあるのか?」
「え? うーん、カレーライス、ハンバーグ……あと、グラタンとか」
「嫌いなものは?」
「ピーマン」
「……」
「……なんですかっ」
 ほほえましそうに笑うな!
 どうせお子様味覚だ。否定はしない。しないが、このいろいろと赤子レベルの人に子ども扱いされるのは、大変に心外だ。
 いつまでも笑みを引っ込めないせんぱいの手を取り、指同士を絡ませるようにつなぐ。いわゆる恋人つなぎ。
 案の定、せんぱいはぽっと頬を染めて黙り込んだ。わたあめにかじりつきながら歩く僕に引かれるように、一歩後ろをついてくる。せんぱいの手は少しひんやりして、気持ちがよかった。
「あれえ、瀬野くん?」
 ふと、人ごみから声がかかった。立ち止まった僕の背中に軽くぶつかって、せんぱいもつられてそちらを見やる。
「何してんの、こんなとこでー」
 手を振り振り現れたのは、中学からの持ち上がり、だけど今回初めて同じクラスになった女の子二人組みだった。戦利品らしきリンゴあめやたこ焼きを抱えている。
「何って、祭見物」
「物好きだねー。あたしらも人のこと言えないけど」
 背中に回した、つないだ手。ぎゅっと力が込められる。極度の人見知りであるツバメせんぱいの緊張が、そこから伝わってくる。
 適当にあしらって、早くどっか行こう。口を開きかけた僕を、甲高い悲鳴が遮った。
「うそ!」
「か、会長!?」
 ……ああ、面倒くさい。
 さすがにごまかせなかったらしい我らが南光台学生会長は、驚きに目を瞠る下級生の好奇の視線にしかし、名高い鉄面皮を装着した。むっすり。そんな擬音がぴったりの仏頂面に、二人はすぐに縮こまる。
「うーんと、今日、学生会で会議あったから。せっかくなんで寄ってみただけ」
 そのわりに僕だけ私服だけれど。動揺と畏怖に、女の子たちはあっさり信じた。
「じゃあ、僕たちあっちの方見てくるから。行きましょう、せんぱい」
「ああ」
 低いいらえが返ってくる。さすが、鉄面皮という名の猫かぶりは、人前では簡単に崩れない。
「じゃあね、瀬野くん」
「また明日」
 つないだ手のひらは、見咎められることなく薄暗がりに隠れただろうか。
 彼女たちの声は、スピーカーから流れる雑音交じりの祭囃子に消えた。