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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・ローズ

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 僕は鳴海愛の顔を見た。――答えたくないのか、めんどくさいのかわからないけど、彼女は口を開こうとはしなかった。
 すると、僕の横で声がした。
「あたしたち、家が隣同士で昔から仲いいんですよ、ねぇ愛ちゃん」
「鳴海さんが?ちゃん?付けで……ぷっ」
 こいつが?ちゃん?付けで呼ばれてるの聞いて僕は思わず吹き出してしまった。
 鳴海愛に視線を向けると、彼女はどうでもいいって感じの表情をしていた。それを見た渚も思わず笑ってしまいながらこう言った。
「愛ちゃんあんな表情してるけど、実はチョー恥ずかしいんだよ、きっと……ぷっ」
 渚は笑いがこみ上げて来るのを必死に口を押えてこらえた。
 鳴海愛がこんなに弄ばれるのをはじめて見た。椎凪渚と鳴海愛は本当に親しい間柄なんだなと思った。
 鳴海愛は少し顔を赤らめながらも、いつも通りの機嫌が悪そうな表情で話を変えようとした。
「事件について君はどのくらい知ってるんだ?」
 こう聞かれた僕は今まで調べたことなどを話して、渚たちが知らべたことなどを僕が聞いた。
 〈クラブ・ダブルB〉が一種のオカルト集団らしいことが次第にわかってきた。神を信仰して儀式を執り行い、願いを叶えてもらう。
 〈クラブ・ダブルB〉の正式会員である〈ミラーズ〉は神の使者で、悩み事を持っている人や願いを叶えて欲しい人の前に突然現れ、この学校のどこかにある教室に連れて行ってくれるらしい。そこで連れてこられた人は洗礼とかいうのを受けて〈ミラーズ〉になるらしい。そうすれば願いが叶い、悩み事など綺麗さっぱり忘れてしまうらしい。
 学校内でそんなことが行われているなんてとても信じられなかった。やっぱり噂は噂なのかもしれない。
 それに〈ミラーズ〉って名前を知っていても、直接姿を見たっていう人は誰もいなかった。でも、アスカは……?
 だけど、噂話が存在するということは、どこの誰が何の目的で噂を流したのだろうか?
 話の最後まで僕の前で腕組みをして立っていた鳴海愛は窓から差し込む光を見た。
「すぐに暗くなる、もう帰ろう」
 外はもう夕暮れに色に染まり、学校内にあまり生徒が残っていないことを確認した僕らは家に帰ることにした。
 校門を出て、僕とは違う方向に歩き出す二人を見送ったあと、僕はひとりで家路に着いた。
 日に日に沈む時間が早くなる太陽に背を向けて、僕はいつもの道を歩いていたつもりだった。けれど、気がつくと知らない場所だった。
 いつの間にか辺りは静寂に包まれ、生き物の気配がすぅーっと消えたような気がした。
 そして、またあの匂いがした。
 薔薇の芳しい香り。この香りを嗅ぐと少し変な気分になる。
 しばらくして、あいつがまた僕の前に突然現れた。
 僕は声を出そうとしたが出なかった。いや、出したいと思わなかったから出なかった。
 黒衣を纏う仮面の人物――ファントム・ローズ。
 仮面の奥から声が聞こえた。
「椎名アスカが帰って来た」
 それだけを言ってファントム・ローズは消えようとした。
「待て、話がある!」
 急いでファントム・ローズを呼び止めようとした。けれど、ファントム・ローズ消える。
 ファントム・ローズは空間にゆっくりと染み込むように消えながら呟いた。
「人間というには目に頼り過ぎている。君は目で見えないモノを?視る?ことはできるか?」
 最後まで消えずに残っていた白い?仮面?が不適な笑みを浮かべたような気がした。そして、ファントム・ローズは消失した。
 薔薇の香りが辺りに微かに残る。
 ふと我に返った僕の頭であの言葉が再生される。『椎名アスカが帰って来た』――その言葉は忘れていない。だけど、ファントム・ローズの声は今聞いたばかりだというのに漠然としか覚えていない。男か女の声かすら思い出せなかった。
 それにこんな不可思議な現象を普通のこととして受け止めてしまっていた自分に気付いた。なぜだろうか?
 夕日を背にして僕は急いでアスカの住むマンションに向かった。

 エレベーターで九階まで登り、アスカの家に着いた僕はインターフォンを意味もなく力強く押してしまった。
 インターフォンから女性の声が聞こえた。アスカの母親の声だ。
《どちら様でしょうか?》
「あの、春日ですけど、アスカさんが帰って来たって本当ですか?」
《…………》
 何かすごく長い間があり、僕は玄関の前で心臓が弾けてしまいそうだった。
 ゆっくりと玄関のドアが開かれる。そのドアを開けたのは他でもない、アスカ本人だった。
 本当はこの時、もうアスカがどこにも行かないように強く強く抱きしめて放したくないと思った。でも、恥ずかしさが勝って結局僕はアスカのことを抱きしめられなかった。
 アスカの部屋へと通された僕はカーペットの上に適当に腰を下ろした。腰を下ろしたというよりは安堵感で腰が抜けたという感じだったかもしれない。
 部屋のドアを閉めた終えたアスカが目に涙を浮かべて僕を強く抱きしめた。
 僕は突然のことに驚き、間抜けな顔をしてアスカの顔を凝視してしまった。
 アスカは涙を流しながらも柔らかい笑顔を浮かべていた。僕はこの笑顔を心に消えないように強く焼き付けて大切にしようと誓った。
 アスカの唇が静かに動いた。
「涼に会いたかった」
 その言葉を聞いた僕はとにかくアスカのことを強く抱きしめた。アスカが消えないように……。もう二度と離さない。
 それから僕らはしばらくそのままの格好のままでいた。
 どれくらいの時間が経ったか覚えていないけど、いつの間にか僕らは離して会話をしていた。
「アスカが帰って来てくれてよかった」
 他の失踪した生徒たちは少なくても三日は帰ってこなかった。アスカはそれに比べて早く帰ってきた。そう考えると、多発している失踪事件とアスカは関わりないのではないかと、安堵感が湧いてくる。
 しかし、アスカの表情は暗かった。
「覚えていないの、学校からの帰りに涼と別れてから記憶があやふやなの」
 僕の気分は酷く重くなった。これでは今までの例と同じじゃないか。
 恐る恐る僕は事件のことをアスカに尋ねた。
「アスカは自分でどこかに行ったの? それとも誰かにさらわれたとか?」
 アスカは何とも言えない表情をした。
「わからないの、涼と別れてから……家に帰ろうと思ったんだけど、何かを思い出して学校に戻ったような気がするんだけど……」
 僕はアスカの口から出る言葉一つ一つを熱心に暗記していくように聞き入った。
 アスカの表情は明らかに曇っていた。何かを思い出したくても思い出せないような感じだ。
「それで、気付いたら家の前にいて……それで、家のドアを開けて中に入ったらお母さんがすごい顔して飛び出して来て、どこに行ってたのかとか聞かれて、そこでわたしが二日近くも自分が家に帰ってなかったことを知ったの」
「二日間のこと、本当に何も覚えてないの?」
 アスカは僕の瞳を見つめたまま軽く頷いた。
「何も……、さっきまで警察の人が来ていろいろ聞かれたんだけど、わたし何も答えられなくて……」