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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・ローズ

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 時間が長く感じられるだけで、まだ1日も経っていないかもしれない。
 それとも3日くらい過ぎたのか……それとも1週間が過ぎてしまっているかもしれない。
 暗闇の中じゃなにもわからない。
 そう言えばお腹が空いてないな……。
 ということはまだ1日も経っていないかもしれない。
 ずっと暗闇のままだ。
 手足は動く。それで自分の身体があることも確認できる。
 僕はしっかりとここに存在している。
 でも、やっぱりなにも見えない。
 足が地面に着いている感覚もない。
 宙に浮いていたとしても、なにかに流されて動いている感覚もない。
 ずっとこの場所で停滞しているような気がする。
 気がするだけで、なにも見えなきゃ確認もできない。
 これで終わりだとしたら最悪だ。
 なにもかも解決してない。
 渚やファントム・ローズたちが、あの後どうなったのかもわからない。
 もしかして一生このままなのだろうか?
 ……一生?
 こんな場所に一生なんてあるのだろうか?
 ここにあるのは永遠かもしれない――。

 ――そして、僕は目を開ける。

「思い出すんだ。思い出せなければ、君は世界から消える」
 目の前の君は頭を抱えて取り乱す。
 目まぐるしく移りゆく景色。
 真っ赤な夕焼けが黒に染まっていく。
 夜の静寂が僕の声を響き渡らせる。
「君の名前は椎凪渚。椎名アスカの代わりだよ」
 この場にはもうひとり、鏡を見るような存在がいた。
「ファントム・メア」
 ローズのつぶやきに合わせ僕はうなずいた。
「そう、ファントム・メア……それが世界から弾かれた僕の仮初の名。自分自身だけは自分が証明できないだなんて、ばかげてると思わないかい?」
 ローズの顔は無機質だ。
「だから、私たちはファントムなのだ。世界は全ての者に平等に与えられている。個人の持つ世界が己を証明してくれる。しかし、自己の世界から弾かれてしまっては、他に自己を証明してもらわなければ、消えてしまう。自分自身がここにいると感じるだけでは、想いが弱すぎる」
「すでに僕たちは顔を持たない」
「だから私たちはファントム」
「けどさ、僕には君の真の顔が見えるよ」
 強く思い出せば、その顔がぼんやりと見えてくる。
「――鳴海愛」
 彼女の名を呼ぶと、彼女も僕の名を呼んだ。
「私には君が春日涼に見える」
 渚は僕とローズを交互に見て驚いた顔をした。きっと彼女にも見えたのだろう。
「涼、愛ちゃん!」
 自然と僕の顔から笑みがこぼれた。認識される悦び。
 だが、そんなひとときをローズがぶち壊す。
 薔薇の鞭が強烈な香りを撒き散らす。僕に対する威嚇だ。
 僕が渚に伸そうとした手を薔薇の鞭が弾いた。
 幻影を散らすほどの痛みだ。夢すらも覚めそうになるんじゃないかって思う。
 渚はさらに驚いているようだ。
「どうして?」
 すでに渚はローズの胸に抱き寄せられ守られている。
 気づいたな……ファントム・ローズ。
「ファントム・メア……なぜ君は渚を狙う?」
「推測はできるだろ?」
「椎名アスカに関係があるのか?」
「アスカの復活には渚が鍵を握ってるからね」
 そう僕は確信している。
 なぜ椎凪渚は椎名アスカの代わりになり得たのか。
 世界ははじめ、ひとつの塊だった。ひとつの世界が個々の世界へと枝分かれして、幾星霜もの夢幻の世界を生み出し続けている。けれど、もともと1つだった世界は引力のようなものによって、またひとつに戻ろうとしている。
 世界が分裂して、多くの人間が分裂して、すべての存在が分裂していく。分裂を繰り返すうちに個性が生まれてくる。元を辿れば同じものでも、末端を見ればまったく想像もつかないほど別物。
 椎凪渚と椎名アスカは分裂元が近いんじゃないかって僕は推測した。
 たしかこういうのを類魂[るいこん]って言ったかな?
 僕は椎凪渚の魂が欲しい。
 そう、椎名アスカを生み出すために。
 ローズは渚を自分の背中に隠した。そして、僕に向かって襲い掛かってきた。
 本当にファントム・ローズは僕の邪魔が好きだ。
 けれど、今はローズと遊んでる場合じゃない。
 この手に渚を――ん?
 襲い来るローズの肩越しに見える渚の背後に、ぼんやりと人影が見えた。
「ひゃっ!?」
 急に渚が小さな悲鳴をあげ体を後ろに引きずられた。
 迫っていたローズが僕から眼を離し振り返る。
 僕も見た。
 今度は影山彪斗か……。
 渚の姿が空間から消えた。
「どうしてみんな僕の邪魔をする!」
 叫びながらローズの背中に僕の手から噴き出す闇色の鉤爪を振り下ろした。
「くっああああああっ!」
 苦痛に満ちた少女の叫び。
 かわいそうな鳴海愛。
 僕の脳内に流れ混んでくるビジョン。
 黒髪の幼女が泣いている。顔は見えない。大人たちの足が見える。みな足早に歩き去って行く。
 突然、強烈なノイズが頭に響いて僕は狼狽えた。
 今のは鳴海愛の記憶に違いない。僕に呑まれることを拒んで強制排除されたようだ。
 それにしてもひどいノイズだ。まだ頭の中を響いて頭痛を引き起こす。
「やってくれたね……ファントム・ローズ」
 顔をあげてローズを見ると、肩から反対側の腰まで斜めの亀裂が体に走っていた。闇に喰らわれた部分が消失して、黒い霧を噴きだしている。僕の一撃は致命傷となったハズだ。
 なのに、白い仮面は無機質なまま僕を見ている。
「そんな眼で僕を見るな!
 どんな眼だろう?
 僕はその眼で見られていると感じた。
 それは僕が見せた夢幻か?
 もう目の前にファントム・ローズはいなかった。

 ――気づけば暗闇だった。

 今日も暗い。
 なにも見えない……真っ暗だ。
 今日っていうのは間違ってるかもしれない。
 あれからどれくらい経ったんだろう?
 時間が長く感じられるだけで、まだ1日も経っていないかもしれない。
 それとも3日くらい過ぎたのか……それとも1週間が過ぎてしまっているかもしれない。
 暗闇の中じゃなにもわからない。
 思考だけが巡り廻る。
 この思考を止めてはいけない。
 僕がここに存在するという証明は思考するほかにない。
 ここ闇だ。