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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・ローズ

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ミラー「Cace3 帰還」


 明るい話題をする雰囲気でもなかった。
 家路の間、僕らはほとんど無言。
 けど、手はしっかりと握り合っていた。
 とりあえず渚の家に向かうことになった。距離的にも僕の家より近いし、住み慣れた家のほうが渚も落ち着くだろう。
 渚の部屋には何度も入れてもらったことがある。母親にも会っている。――という記憶がある。世界がこうなってしまってからは、部屋に入ったことも母親に会ったこともない。
 記憶が混在すると、感情も混在する。
 だから渚の家に行って部屋に入るというのは少し緊張する。
 歩くには長い距離だったけど、もうすぐ渚の家だ。
 もう見えてきた。
 1件隣が渚の家だ。
 僕はふと通り過ぎようとした家の表札を見て驚いた。
 ――鳴海[ナルミ]。
 そこにはないはずの物だった。
 それは前の世界での話だ。
 渚の家の隣に鳴海家はなかったことにされているはずだった。
 道路の向こうからこちらに向かって歩いてくる人影。
 風に揺れる長い黒髪。
 渚が笑顔になった。
「愛[マナ]ちゃん、こんにちわ!」
 間違いない。
 前から歩いてきたのは鳴海愛だ。この世界にはいないはずの鳴海愛がいる!?
「こんにちは」
 凜とした声で鳴海はあいさつをした。なにも変わってない。何事もなかったように鳴海愛がそこに存在している。
 どうしてだ!?
 世界が変わった。
 何かが起ころうとしているのか、すでに起きているのか?
 もうきっと起きている。
 あの〈ミラーズ〉も現れたんだ。
 鳴海が近付いてくるにつれ、なぜか渚は泣きそうな表情をした。
 そして、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「あれ……なんで泣いてるんだろ?」
 渚は自分が泣いている理由がわからないみたいだ。
 鳴海はなにも言わず渚を抱き寄せた。
 なにが起きているのかわからない。
 〈ミラーズ〉が現れて鳴海愛が現れた。
 もしかして鳴海愛はすでに〈ミラーズ〉なのか!?
 だとしたら渚を守らなきゃいけない!
 でも、二人の間に割って入れる雰囲気でもなかった。僕の考えが違ったら最悪だ。もう少し見守ってみよう。
 渚は鳴海の胸で泣き続けていた。
「どうしてか……わからないんだけど……涙が止まらなくて……」
「泣きたい時は泣けばいい。私はいつでも渚の近くにいる」
「でも……こんなこと言うと変に……思われる……かもしれないけど……もう一生会えないと思ってた人に……会えたみたいな。あたしバカみたい……だって愛ちゃんには昨日も会ってるのに」
 昨日?
 やっぱり世界が改変されてる。
 僕と鳴海はクラスメートだった。昨日はちゃんと学校だってあったけど、鳴海は存在してなかった。
 ……ん?
 おかしい。
 僕はある疑問にぶち当たった。
 世界や渚の記憶が改変されている。にも拘わらず、僕の記憶に変化がない。それはおかしい。
 今みたいな世界になってしまったとき、僕は記憶の混在に悩まされたんだ。今だってそれに悩まされている。二人の彼女の存在と、二人を好きだという嘘じゃない気持ち。そういう記憶の混在が僕の中には起こっていない。
 もしも昨日から鳴海がいたなら、僕にもその記憶があるはずだ。
 やっと涙を拭って渚は顔を上げた。
「ねぇ、愛ちゃんもあたしのウチに来て。愛ちゃんは絶対あたしのことを助けてくれる。絶対頼りになるもん!」
「なにかあったのか?」
「……うん」
 渚は暗い表情をして小さくうなずいた。
 たしかに鳴海は頼りになる。前の世界でも一緒に事件を追ってたんだ。ただこの世界ではそういう事実はないことになってるけど、きっと今の世界でも頼りになりそうだ。
 僕ら3人は渚の家に入った。
 まるでデジャブだ。
 入ったことがないのにある。記憶にはある風景。
 2階の渚の部屋も記憶にある通りだ。
 僕はいつもと同じ場所に腰掛けた。ベッドを背中にしたカーペットが僕の定位置という記憶があった。
 渚は僕と鳴海を残して部屋を出て行こうとした。
「飲み物取ってくるね」
 僕が後を追おうと立ち上がると渚は続けて言う。
「いいよ、待ってて」
 渚はひとりで行ってしまった。あんなことがあったのに、ひとりにするのは心配だったけど、もうだいぶ落ち着いたのかもしれない。もしかしたら鳴海効果なのだろうか?
 これまで鳴海と二人っきりになったことはあったけど、こうやって小さい部屋の中で二人っきりにされると緊張する。女子ってことを意識するんじゃなくて、鳴海は変な気迫みたいなのを放ってくるからだ。
 沈黙は耐えられない。それに聞きたいこともあった。
「本当に鳴海愛なんだよね?」
 普通だったら馬鹿な質問だろうな。
「なんだ藪から棒に?」
 そんな風に返されるのが普通だよ。
 でも、僕の記憶が正しければ、絶対に鳴海愛は昨日までいなかったはずの存在なんだ。
「鳴海って昨日学校休んだ?」
「影が薄くて悪かったな」
 いや、鳴海の影は濃いよ。クラスでは浮いてるけど、それは濃すぎるからなんだ。
 そういえば僕と鳴海の関係ってどうなんだ?
 前の世界では事件を追うまで関わって来なかったけど、この世界での関係はどうなんだろう?
 僕の記憶が改変されてないせいで、どう接していいのかわからないな。もしかしたら、こうやって話すのもはじめてだったりして。
 渚と鳴海は幼なじみのようなものだった。とすると、僕と渚は付き合ってるんだから、鳴海ともそれなりに関係があると思うんだ。
 気にしてたら会話がなにもできない。
 初対面だろうがなんだろうが普通に接しよう。初めてでもフレンドリーな人はいるし、逆に友達だったとして変に畏まってたら変だもんな。
「あのさ、〈クラブ・ダブルB〉って知ってる?」
 前の世界の記憶を尋ねてなにか意味があるのだろうか?
 でも突然現れた鳴海はほかの人と違う可能性だってある。
「知らないな」
 鳴海の答えに僕は落胆した。
 でも鳴海は嘘をついているのかもしれない。嘘をつく理由はわかんないけど、そういう可能性だってあるんだ。
 僕はさらにたずねることにした。
「じゃあ〈ミラーズ〉って知ってる?」
「それも知らないな」
 やっぱり鳴海もこの世界の住人なんだ。それが当然なんだ、この世界では。
 鳴海がこの世界に現れたのは偶然じゃないと思う。きっと〈ミラーズ〉が現れたのと関係があるって考えた方が自然だ。だってその日の今日の出来事なんだから、結びつけない方が変だと思う。ただ鳴海愛自身が何らかの重要な意味を持って現れたかどうかはわからない。
 もしかして鳴海以外の人たちも戻ってきたのか?
 その可能性はある。
 いなかったことにされた人たちがこの世界に戻ってきたなら、その中の1人として鳴海がいても変じゃない。
 月曜日になったらたしかめてみよう。学校でだったら簡単にたしかめられるはずだ。
「いつも様子が違うが平気か春日?」
「えっ?」
 鳴海に突然名前を呼ばれた。
 最近考え事が多くなって、周りが見えてないことがよくある。今もそうだったみたいだ。
「平気だよ……いや、平気じゃないのかな」
「なにかあったのか?」
「いろいろとね。渚が帰ってきたら話すよ」
「そうか、渚の様子も変だったからな」
 僕は重たい表情をした。