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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・ローズ

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 そうだ、影山彪斗はいつ現れるのだろうか?
 ……結局、受動的なんだ。
 なにかアクションが起こらないとなにもわからない。
 解決の方法はわからない。どこへ向かえばいいのかもわからない。なんの解決にもらないなんて考えないで、今は目先の問題を片付けていこう。
 まずは渚のことだ。
「大丈夫、渚?」
 ほかになんて言っていいのかわからない。
 心配いらないなんて言葉を言っても、僕自身がなにが心配いらないのかわからない。心配なんて言い出したら心配ばっかりだ。
 どうしていのか僕が迷っていると、やっと渚が口を開いてくれた。
「……あったんだよね?」
「えっ、なにが?」
 その言葉だけじゃ僕はなにを言っているのかわからなかった。
 さらに渚は言葉を紡いだ。
「本当にあったことなんだよね?」
 やっと理解した。
「うん」
 多くは語らず僕はうなずいただけ。変にしゃべりすぎて刺激しない方がいいと思った。
 うつむいていた渚が僕と眼を合わせた。
「涼は怖くないの?」
 怖くはなかった。でもそれをそのまま言っていいものだろうか。自分も怖かったと言うべきか、それとも気の利いたことを言ったほうがいいのか。
 僕が考えていると渚が先に口を開いてしまった。
「ぜんぜん怖くなさそうにしてたから……でもそれが逆に怖い」
「どういう意味?」
「なんのあれ!? ホントにあったことなんだよね? あたしだけが見てたわけじゃないよね?!」
 急に取り乱したように声をあげた渚。
 僕は落ち着かせようと渚の両肩をつかんだ。
「大丈夫だよ、落ち着いて」
「スゴイ怖かったよ……なんなの……なんなの……教えてよ涼?」
 放心から立ち直ったと思ったら、それがパニックを呼んでしまったみたいだ。
 渚の眼から涙がこぼれていた。
「僕に聞かれてもわからないよ……」
 関係ないとは言わないけど、僕だってわからないことばかりなんだ。それに本当のことを言ったらどうなるんだろう?
 目の前であんなことが起きれば、僕の話だって信じてくれるかもしれない。けど、それによって新たな問題が生じないとは限らない。
 それにすべては話すことはできない。
 椎名アスカのことは話せない。渚は椎名アスカの代わりなんて言えるだろうか。そんなことを言ったら、渚が不安になるだけだ。
 僕の存在がここにあるのは、きっと渚のおかげなんだ。どのような感じで渚が関わっているのか、詳しいところまではわからなくても、渚が不安定になることは僕自身にも影響を及ぼすことはもうわかってる。それは認めなきゃいけない事実だ。
 ご機嫌取りみたいなことをしなきゃいけないんだ。みたいなじゃなくて、完全にご機嫌取りだ。でもご機嫌取りって言い方は嫌なんだ。
 渚が好きだって気持ちもあるから。
 その気持ちに歯止めをかけるものがあるのも事実なんだ。
 こんな世界になってしまってから、僕は突然渚のことが好きになっていた。でも前から好きだったっていう気持ちも混在してるんだ。
 今の気持ちはどうなんだろう?
 気持ちは変わったのか、それとも変わっていないのか?
 僕は前よりも渚のことが好きになっている。それは世界がこうなったときに植え付けられたものじゃない。その気持ちは信じていいものなんじゃないか?
 じゃあ前から渚のことが好きだったって言う記憶を嘘なのか?
 ずっと付き合ってた記憶があるのに?
 付き合いはじめは渚のほうから告白してきたんだ。今でもちゃんと覚えてる。
 自分の記憶に惑わされるなんて、なにを信じていいのかわからなくなる。
 大丈夫、今あるモノだけを信じればいい。
 渚が僕の手をギュッと握った。
「教えてくれないの?」
「だから僕にも……」
「ウソつかないで……だってあの……あれ、よく思い出せない……」
「どうしたの?」
「あたしたちを襲おうとした人たちを殺した人の顔が思い出せない」
 顔なんてはじめからない。だってファントム・ローズははじめから仮面だ。
 でも仮面をつけてることを忘れるだろうか?
 絶対に印象に残ることだと思う。
 それともショックで記憶が欠如してしまったのだろうか?
 僕は尋ねる。
「その人がどうしたの?」
「たしか……思い出せないけど……涼がその人に向かってなにか……言ってたのに、思い出せないよ」
 あのときたしか僕は、ファントム・ローズの名を叫んだんだ。それを見られたら、僕がなにか知ってると思われるな。
 渚の記憶は曖昧だ。ここは知らんぷりを通すべきだろうか、それとも言った方がいいのか?
 もう渚のことを巻き込んでしまっている。
 僕は渚から離れることはできない。
 これからも渚と一緒に同じような目に遭うかもしれない。だったらこの話題は避けられないような気がする。問題は話すにしてもどこまで話すかだと思う。
 椎名アスカの話はできない。
 渚が僕が存在できることに関わっていることも伏せた方がいい。変に意識されると危ないような気がする。
「僕にもわからないことばっかりなんだ」
「やっぱり知ってるんだね」
「ごめんねウソついて。でもわからないことが多すぎて、どうやって話したらいいのかわからないんだ」
 ウソはついてない。
「聞かせて、涼の知ってること」
「…………」
 言葉が出てこない。困るとすぐに黙ってしまう。
 まずは場所を変えよう。
 周りの人には聞かれたくない。
「別の場所で話そう。もっと落ち着いた場所で」
 そんな場所どこにあるんだろう?
 〈ミラーズ〉は突然現れたんだ。どこだって落ち着いていられない。
 僕は立ち上がって渚の手を引いた。
「帰ろう。電車はもう乗らない」
「うん」
「仕方ないから歩いて帰ろう」
「……うん」
 どうせこれからどこかに出掛ける気力もない。なら帰るのがいいと思う。
 僕らは地下ホームを上がりはじめた。