ファントム・ローズ
帰りに先生が明日からしばらくの間学校が休みになることを告げ、生徒に早く帰るように促した。臨時の職員会議で急遽決まったらしいけど、なぜ学校が休みになるのかまでは説明はなかった。きっと事件が絡んでいるに違いないと僕は思わずにいられなかった。
今まで学校は消えた生徒たちとの関係を否定していた。たまたま学校の生徒が居なくなっただけで学校は無関係だと、だから大騒ぎになった後でも学校の授業は普通どおりに行われていた。でも、今回は何かがあったに違いない。
教室を出て行く生徒たちの顔はみんな不安で押し潰されそうな表情をしている。
そんなクラスメートの表情を見ていると、鳴海が今まで僕が見た中で一番不機嫌そうで恐い顔をして僕に近づいて来た。
鳴海は僕の瞳を睨みながら、重たそうな口をゆっくりと開いた。
「……大変なことになったかもしれない」
「どうしたの?」
「渚のケータイに連絡がつかない」
普段の状況だったら、電源切ってるとか電波の届かない所にいるだけってことでそんなに気にもしないけど、今は状況が状況だけに不安が積もる。
鳴海が重たそうに口を開いた。
「それにもう一つ」
「…………」
僕は思わず唾を飲み込んだ。
「これは職員室を盗聴してわかったんだが」
「盗聴!?」
声を張り上げてしまった僕に鳴海の激が飛ぶ。
「話を最後まで聞け!」
「う、うん」
「六時間目の職員会議を盗聴したんだが、どうやら水鏡紫影は被害者兼重要参考人から容疑者に変わったらしい。しかも、水鏡の行方が五時間目からわからない、そのため警察が血眼になって彼女を捜索しているみたいだ」
六時間目に鳴海を見た時、すごく厳しい表情をしてイヤホンを付けて音楽を聴いていると思ったら、まさかあれが盗聴をしていた何て夢にも思わなかった。それより何時の間に職員室なんかに盗聴器なんて仕掛けたんだろう?
「とにかく、渚の教室に行ってみよう」
と僕が提案し、僕らは急いで渚の教室に足を運んだ。
渚の教室に着くと数人の女子生徒が深刻そうな顔をして話していた。その生徒たちは教室に入った僕らをいっせいに見た。
そして、一人の女子生徒が僕の顔を見て言った。
「渚の知り合いの先輩ですよね?」
僕は思い出した、確かこの前にこの教室に来た時、渚と話していた友達だ。
「そうだけど」
僕がそう言うとその子は酷く不安そうな顔をして言った。
「渚が五時間目から居なくなっちゃって……」
その言葉を聞いた鳴海が間入れず大声で叫んだ。
「行くぞ涼!」
この時の鳴海は僕の見た中で一番感情的だった。
足早に教室を出て行く鳴海を僕は追いかけるようにして教室を後にした。
僕らは取り合えず、事件の鍵を握る水鏡紫影先生の自宅のマンションに行くことにした。だけど判り切っていたことだけど、水鏡先生は自宅には居なかった。
あきらめて帰ろうとした僕らをある男が呼び止めた。
「君たちちょっと話があるんだが」
男の風貌はスーツにネクタイの中年で少し疲れたような顔をしていたが、その瞳は獣が獲物を見据えるような鋭い目をしていた。
それに負けないぐらいの目で鳴海は男を見て言った。
「何者だ?」
男はそう言われるとスーツの内ポケットから警察手帳を出し僕らに見せ付けた。
「君たち水鏡紫影の居所の心当たりはないかい?」
「無い」
鳴海にそう言われた刑事は頭をポリポリとワザとらしく掻いた。
「そうか……。でも、事件の事を調べているなら?子供の出る幕じゃない?」
と言ってニカっと口元が嫌な笑いを浮かべた。
鳴海は何も言わずに刑事の横を?擦り?抜けて行った。それを見た僕は刑事と目線をワザと合わせないようにして鳴海の後を追った。
鳴海の表情はどんどん不機嫌さを増していき、マンションから出て僕に話しかけた時の表情を見た僕は彼女に殺されるんじゃないかと思ったほどだった。
「涼にはこれから学校に行って欲しい、全てはあそこで起こっている。私はこれから調べる事ができたから後は頼んだ」
そう言って鳴海は僕の返事を待つ前に走ってどこかに行ってしまった。
行方不明になった生徒たちはみな、学校の中で行方不明になったと言われている。だから僕は思うんだ、今回の事件は学校を中心に蠢いているんじゃないかって。きっと、あそこに何かがある。
残された僕は鳴海に言われた通りに学校に行くことにした。
学校に着いた時にはもう夜の七時くらいで、いつもより早く校門は閉められて鍵が掛けられていた。
生徒も教師も今日は早く帰宅させられて、学校には人の気配がなかった。
僕は辺りに人が居ない事いちよう確認して正門をよじ登ろうとした。だけど、運が悪かったのか僕は後ろから『おい!』と声をかけられてしまった。
僕は驚き後ろを見ると、あの時の刑事が立っていた。
僕は完全にしまったと思った。
「何してるんだ、まさか学校に忍び込む気じゃないだろうな?」
「…………」
僕は何も言わなかった。こんな状況で言い訳しても無駄だと思った。
「家まで送ってやるから、こっち来い」
僕は刑事に連れられるままに車の助手席に乗せられ、無理やり自宅まで送り届けて貰った。
玄関で僕と刑事を出迎えた母親は驚いた顔をした。当たり前だ、息子が刑事に家まで送って貰うなんて、何かあったと思うのが当然だから。
僕が何も言わずにいると、刑事が母親に向かって僕がこれ以上事件に首を突っ込まないようにと注意をして帰って行った。
僕はその後、母親に父親の前まで連れて行かれて二人にいろいろと注意された。
母親は頼むから危険なことはしないでと泣き落としをして、父親にはこっ酷く叱られた。そして、僕は学校がはじまるまでの間自宅から一歩も出ちゃいけないと自宅謹慎命令を出された。
僕はそんなことに従うつもりなんて微塵もなかった。当たり前だ、僕にはしなくちゃいけないことがある。
深夜になり両親が寝静まったのを見計らって僕は家から抜け出すことを決意した。これから僕は学校に行く。
自分の部屋から出て、音を立てないように階段を下りて、玄関のドアをゆっくりと開けて外に出た。
音をなるべく立てないように玄関の鍵を掛け終えた僕は走り学校に急いで向かった。
静かな闇の中を僕は走って学校に向かっていた。
深夜に学校に侵入して僕は何を調べようとしているのか、自分でもわからない。けれど、行かなきゃいけない。
僕は何かに呼ばれている。
学校についた僕は今度はフェンスを登って学校内に侵入した。
今度は運が良かったのか誰にも見つからずに学校に侵入することができた。だけど、問題はこれから校舎内にどうやって入るかだった。
どこかから校舎内に入ることができないかなと校舎の周りを歩いている僕の目にある人物の人影が飛び込んで来た。
――水鏡紫影先生だ!
僕は水鏡先生に気付かれないようにこっそりと後を追った。すると、校舎の裏側に辿り着いた。
僕の心臓が激しく脈打つ。
水鏡先生は立ち止まり誰かを待っているようだった。そして、すぐに二つの人影がまるで闇の中から這い出したように水鏡先生の前に現れた。
二つの影は同じ形をしていて、徐々に月明かりに照らされて色が付いていく。
作品名:ファントム・ローズ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)