茅山道士 白い犬4
2人は、そう話しながら孔と共に屋敷を後にした。孔も弟子をふたりばかりとっていて
、3人が戻るとすぐに食事の仕度をしてもてなしてくれた。
今日は1日長かったなあと、麟が食堂の窓に眼をやると、昨夜と同じ月が出ていた。
「ほら、麟、飲まんか。」
ぼーっとしている麟に、孔は杯を渡した。何の気なしにくいっと杯をあけて、胃がカー
ッと火がついたように熱くなった。
「これは自家製の酒だ。かなりきくだろ。」
それを聞いて緑青のほうが慌てた。酒など飲ました事がなかったからである。緑青、子
夏、戚は、嗜む程度に酒を口にするが、麟はほとんど飲まなかった。横でケンケンとむせ
かえっている麟を見て、やっぱりと思いながら、その背中をポンポンとたたいた。
「麟は飲まないんだ、孔さん。・・・・今、ボーッとしてて無意識に受けとったな、お前
。」
喉がやけるとわめいて、麟は慌ててお茶を飲み干した。麟も飲まないわけではないのだ
が、さほど強くないので外では飲めない事にしている。そこに、いきなり強い酒をあおっ
てしまい、本人は大慌てである。それを見て、その場のものが大笑いしている。呆れたよ
うに孔は、「子供だな・・・・ちょっとは鍛えておかんと葬儀の時に困るぞ。」と、また
笑った。
「だから見習いなんだって。」
「・・・・ああ、まあな。・・・・しかし、あれくらいきれいな雷法は、鵬先生のを見て
以来だな。あの先生はすごい術を持っていたな。退仙したんだったな。おまえさんとこの
師匠は。」
懐かしむように、孔は麟たちの師匠である鵬共にした仕事を語った。
「まあ、その当時、俺は、うちの師匠から代がわりしたばっかりで、まだまだの時だった
。そういやその時も、うちの村に出た狐の退治を頼んだんだっけ。」
それを聞いて緑青は思い出したようで、ああ、と頷いた。
「それは確か、おまえさんとこのお師匠様が怖くて近付かなかった狐が村に悪さに出た一
件だな。覚えてる。」
緑青の相槌に、そうそうと孔は頷いて、あのガキは、俺に代がわりした途端に暴れやが
ってと罵った。孔の師匠は、風水のほうが専門ではあったがある程度の術を扱った。それ
故、下級の志怪程度なら、その術で倒せたのである。
「まあ、俺も若かったし、一発目は派手にやろうと雷法をやる事にしたんだ。でも心許無
いんで、鵬先生に手助けを頼んだら快く受けてくれた。」
それを聞いて、緑青と麟は2人して、「えっ?」と、叫んだ。
「出来るんじゃないか、孔さん。」
「何が?」
「雷法だよ。」
そこで、孔は困ったような顔をした。
「あれは、多分・・・・鵬先生の力だよ。あの時は見事に決まって、狐の霊を倒したが、
あれから何度やっても成功した例がない。今だって、何度か符は作ってみたが、旨くいか
なかった。」
だからね、私は雷法は出来ないんだよ、と笑ってから、うちの弟子に見込みのありそう
なものがいるから、今修行させているところさと、付け足した。
「まだ、陰と陽の気を一定にするのが出来なくてね。あと少しまでは、気が揃うのだが、
そこまでしか神経が続かなくてね。」
と、その弟子に、「なあ。」と、声をかけた。弟子は頭を掻いて、「はあ。」と、答えた
。
「どうも俺はせっかちな質らしい。ハハハハハ… あの鵬先生の雷法はもっと凄かった。
閃光の光が七色に輝いて、激しさは他の木々を薙ぎ倒すばかりであった。術をおこなった
俺がふっとぶくらいにな。でも、鵬先生はそのままの位置にいた。今日の麟のように。」
遠いところを見る孔はニコニコと笑って、また麟に杯をすすめる。今日、麟の術を見る
までは、半分は自分がやったんだと思っていた孔は、その思いを乾布なきまでに崩されて
しまった。あれは、術を行う者には影響なく、あの雷の勢いから何か見えないものに保護
されているものだった。つまり、術の途中でふっ飛んだ孔は、雷法を使ったのではなかっ
た。
麟は蛇に睨まれたカエルのように硬直して、自分の前に置かれた杯を見ていた。先程の
一杯が胃をカッカと燃えさせているのに、この上、飲んだらどうなるんだと考え込んだ。
しかし、飲まないのも失礼だしと、手を出し始めたところへ、後ろから手が伸びて杯を
取った。孔の弟子である。
「師匠、麟さんが固まってますってっっ。この酒は慣れない者が飲むものじゃないですよ
。」
と、言いつつ、くいっと軽くあおった。こちらは慣れているらしくなんともないらしい
。それを見て、うちの道観は男所帯のわりに酒なんぞ造ったりしないな、と、緑青もくい
っと杯をあおった。それは、子夏が、戚や麟を子供扱いにして大概、緑青と子夏がふたり
して酒を飲む以外には出てこないからだった。
「こういうのもいいな、孔さん。弟子と酒を酌み交わすなんて、おつなもんだ。」
羨ましそうに緑青が孔を見ると、孔はブンブンと音がするくらいに頭を振った。
「よくない、よくない。こいつらザルなもんで、稼ぎがそれで飛んでしまうよ。」
それに反論して弟子たちが、師匠が一番飲むくせに、と騒いだ。そういえば、近隣の道
士仲間で一番の酒豪は、この孔である。師匠によって弟子も変わるんだな、と緑青はニヤ
ニヤと笑いつつ,孔に注いでやった。
「遽さんのところは、賜さんが堅い人だから、弟子と酒盛りなんてことはないわな。」
「まあ、弟子はいないから、それに、戚も麟も子供扱いだから、飲ましたのがバレたらう
るさいだろうな。」
それを聞いて、孔は、隣の麟に、「たまに、遊びにおいで。」と、誘った。麟は、「ゲ
ッ。」という顔をした。孔は笑いながら手を振った。
「いや別に、酒盛りしようってんじゃないよ。うちの弟子と麟は同じ年ぐらいだから、・
・・うるさい兄弟子から離れて、たまにはハメをはずしに来たらいい。うちはなんでもあ
りだから、なあ、お前たち。」
弟子たちはうんうんと頷いた。どうやら2人の弟子は麟に好感を持っているらしい。し
かし、と、緑青も麟も同じ事を考えた。それは、やはり、酒盛りのお誘いではないのかと
。
「・・・・昼間に来てもいいですか?」
恐る恐る麟がそう言うと、孔も弟子も大笑いして頷いた。
「いつでもいいさ。」
その夜は、長時間、この酒盛りが続いた。孔は自分の村の厄介な出来ごとが片付いて上
機嫌で、緑青と杯を重ねていた。
麟のほうは、適当な頃合を見計らって、孔の弟子が客間へ案内してくれて、そのまま、
朝までぐっすり寝入った。
次の朝、麟が起きると、孔は机でそのまま突っ伏していた。緑青は、その側の寝椅子で
寝込んでいた。
「やあ、おはよう。麟。」
弟子の片割れはすがすがしそうに、線香を本堂に供えていた。もう片方も、奥で洗い物
をしているらしく、元気のいい鼻歌が聞こえている。
「いつも、うちの師匠はこ-なんだよ。気に入った客が来ると朝まで相手をさせてしまう
。でも、遽先生も強いんだね。最後まで相手をしていたから。」
へーっと、緑青がそんなに飲めるのは初耳で、若い道士は感心してしまった。旅の間、
、3人が戻るとすぐに食事の仕度をしてもてなしてくれた。
今日は1日長かったなあと、麟が食堂の窓に眼をやると、昨夜と同じ月が出ていた。
「ほら、麟、飲まんか。」
ぼーっとしている麟に、孔は杯を渡した。何の気なしにくいっと杯をあけて、胃がカー
ッと火がついたように熱くなった。
「これは自家製の酒だ。かなりきくだろ。」
それを聞いて緑青のほうが慌てた。酒など飲ました事がなかったからである。緑青、子
夏、戚は、嗜む程度に酒を口にするが、麟はほとんど飲まなかった。横でケンケンとむせ
かえっている麟を見て、やっぱりと思いながら、その背中をポンポンとたたいた。
「麟は飲まないんだ、孔さん。・・・・今、ボーッとしてて無意識に受けとったな、お前
。」
喉がやけるとわめいて、麟は慌ててお茶を飲み干した。麟も飲まないわけではないのだ
が、さほど強くないので外では飲めない事にしている。そこに、いきなり強い酒をあおっ
てしまい、本人は大慌てである。それを見て、その場のものが大笑いしている。呆れたよ
うに孔は、「子供だな・・・・ちょっとは鍛えておかんと葬儀の時に困るぞ。」と、また
笑った。
「だから見習いなんだって。」
「・・・・ああ、まあな。・・・・しかし、あれくらいきれいな雷法は、鵬先生のを見て
以来だな。あの先生はすごい術を持っていたな。退仙したんだったな。おまえさんとこの
師匠は。」
懐かしむように、孔は麟たちの師匠である鵬共にした仕事を語った。
「まあ、その当時、俺は、うちの師匠から代がわりしたばっかりで、まだまだの時だった
。そういやその時も、うちの村に出た狐の退治を頼んだんだっけ。」
それを聞いて緑青は思い出したようで、ああ、と頷いた。
「それは確か、おまえさんとこのお師匠様が怖くて近付かなかった狐が村に悪さに出た一
件だな。覚えてる。」
緑青の相槌に、そうそうと孔は頷いて、あのガキは、俺に代がわりした途端に暴れやが
ってと罵った。孔の師匠は、風水のほうが専門ではあったがある程度の術を扱った。それ
故、下級の志怪程度なら、その術で倒せたのである。
「まあ、俺も若かったし、一発目は派手にやろうと雷法をやる事にしたんだ。でも心許無
いんで、鵬先生に手助けを頼んだら快く受けてくれた。」
それを聞いて、緑青と麟は2人して、「えっ?」と、叫んだ。
「出来るんじゃないか、孔さん。」
「何が?」
「雷法だよ。」
そこで、孔は困ったような顔をした。
「あれは、多分・・・・鵬先生の力だよ。あの時は見事に決まって、狐の霊を倒したが、
あれから何度やっても成功した例がない。今だって、何度か符は作ってみたが、旨くいか
なかった。」
だからね、私は雷法は出来ないんだよ、と笑ってから、うちの弟子に見込みのありそう
なものがいるから、今修行させているところさと、付け足した。
「まだ、陰と陽の気を一定にするのが出来なくてね。あと少しまでは、気が揃うのだが、
そこまでしか神経が続かなくてね。」
と、その弟子に、「なあ。」と、声をかけた。弟子は頭を掻いて、「はあ。」と、答えた
。
「どうも俺はせっかちな質らしい。ハハハハハ… あの鵬先生の雷法はもっと凄かった。
閃光の光が七色に輝いて、激しさは他の木々を薙ぎ倒すばかりであった。術をおこなった
俺がふっとぶくらいにな。でも、鵬先生はそのままの位置にいた。今日の麟のように。」
遠いところを見る孔はニコニコと笑って、また麟に杯をすすめる。今日、麟の術を見る
までは、半分は自分がやったんだと思っていた孔は、その思いを乾布なきまでに崩されて
しまった。あれは、術を行う者には影響なく、あの雷の勢いから何か見えないものに保護
されているものだった。つまり、術の途中でふっ飛んだ孔は、雷法を使ったのではなかっ
た。
麟は蛇に睨まれたカエルのように硬直して、自分の前に置かれた杯を見ていた。先程の
一杯が胃をカッカと燃えさせているのに、この上、飲んだらどうなるんだと考え込んだ。
しかし、飲まないのも失礼だしと、手を出し始めたところへ、後ろから手が伸びて杯を
取った。孔の弟子である。
「師匠、麟さんが固まってますってっっ。この酒は慣れない者が飲むものじゃないですよ
。」
と、言いつつ、くいっと軽くあおった。こちらは慣れているらしくなんともないらしい
。それを見て、うちの道観は男所帯のわりに酒なんぞ造ったりしないな、と、緑青もくい
っと杯をあおった。それは、子夏が、戚や麟を子供扱いにして大概、緑青と子夏がふたり
して酒を飲む以外には出てこないからだった。
「こういうのもいいな、孔さん。弟子と酒を酌み交わすなんて、おつなもんだ。」
羨ましそうに緑青が孔を見ると、孔はブンブンと音がするくらいに頭を振った。
「よくない、よくない。こいつらザルなもんで、稼ぎがそれで飛んでしまうよ。」
それに反論して弟子たちが、師匠が一番飲むくせに、と騒いだ。そういえば、近隣の道
士仲間で一番の酒豪は、この孔である。師匠によって弟子も変わるんだな、と緑青はニヤ
ニヤと笑いつつ,孔に注いでやった。
「遽さんのところは、賜さんが堅い人だから、弟子と酒盛りなんてことはないわな。」
「まあ、弟子はいないから、それに、戚も麟も子供扱いだから、飲ましたのがバレたらう
るさいだろうな。」
それを聞いて、孔は、隣の麟に、「たまに、遊びにおいで。」と、誘った。麟は、「ゲ
ッ。」という顔をした。孔は笑いながら手を振った。
「いや別に、酒盛りしようってんじゃないよ。うちの弟子と麟は同じ年ぐらいだから、・
・・うるさい兄弟子から離れて、たまにはハメをはずしに来たらいい。うちはなんでもあ
りだから、なあ、お前たち。」
弟子たちはうんうんと頷いた。どうやら2人の弟子は麟に好感を持っているらしい。し
かし、と、緑青も麟も同じ事を考えた。それは、やはり、酒盛りのお誘いではないのかと
。
「・・・・昼間に来てもいいですか?」
恐る恐る麟がそう言うと、孔も弟子も大笑いして頷いた。
「いつでもいいさ。」
その夜は、長時間、この酒盛りが続いた。孔は自分の村の厄介な出来ごとが片付いて上
機嫌で、緑青と杯を重ねていた。
麟のほうは、適当な頃合を見計らって、孔の弟子が客間へ案内してくれて、そのまま、
朝までぐっすり寝入った。
次の朝、麟が起きると、孔は机でそのまま突っ伏していた。緑青は、その側の寝椅子で
寝込んでいた。
「やあ、おはよう。麟。」
弟子の片割れはすがすがしそうに、線香を本堂に供えていた。もう片方も、奥で洗い物
をしているらしく、元気のいい鼻歌が聞こえている。
「いつも、うちの師匠はこ-なんだよ。気に入った客が来ると朝まで相手をさせてしまう
。でも、遽先生も強いんだね。最後まで相手をしていたから。」
へーっと、緑青がそんなに飲めるのは初耳で、若い道士は感心してしまった。旅の間、