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茅山道士 白い犬1

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麟が隣村に所用で出かけた。所用は知り合いの家のちょっとした用事であったが、それもすぐに片付いた。久し振りに一人でのんびりできるので、麟は村をブラブラと歩きまわった。道観にいると絶えず誰かが麟のそばにいて、ひとりでぼんやりしているというのは難しい。別に、ひとりになりたいというのではないが、皆がなにかと心配するので気を使ってしまうのである。
 先代の師匠の秘術のすべてを預かっている麟に、なにかあってはいけないという気持ちの現れと麟は思っている。それに、麟は体力が緑青たちと比べて乏しいらしく季節の変わり目に体調を崩したりするので、よけい過保護になるらしい。
 今日もたいした用事でもないのに、子夏がついていくと言っていたのを、無理、無理、押しとどめて出てきたのだった。
「おまえは気をつかいすぎだよ、麟。今日の用だって戚が行けばいいのに、おまえがわざわざ行くようなものではないのだから。」
 出がけにそう言って、まだ心配しているのを、
「散歩がてらに行ってきますよ、子夏兄。」
 と、言い返してきた。子夏は他のものより過保護である。自分より10も年下の自分のことを、まるで子供のように扱う。5年程、共に旅した緑青は子夏ほどではないが、旅の間、たびたび怪我したり、病気になったりしていた麟をみているだけに、ひとたび体調を崩すと壊れ物を扱うようである。体力をつけようと麟は最近、持久力を養いそうなことをやっている。散歩してみたり、走ってみたりいろいろ試しているのだ。
 そんなわけで、戚の仕事だったこの用事も散歩したいがために、代わったのである。
 そろそろ帰ろうと、隣村のはずれまでやってきた麟を背後から呼び止めるものがいた。
「おまち下さい。」
 その声で振りむいた麟の後ろには、妙齢の女性が立っていた。
「道士様で、いらっしゃいますね。」
「ええ、そうですが何か御用ですか? 」
 どうもただの女性ではないな、と麟にはすぐわかった。生身のものとは違う気配が、女性からは漂ってくるが、悪いものではなさそうだと思って若い道士は女性に軽くほほえんだ。
「……お願いしたいことがございます。ここではなんですから、当家まで来てはいただけませんか。」
「土の下はいやですよ。」
 ニヤリと麟は笑ったが、相手も驚く様子もなく、今日はこの村の道士が留守にしているので道観へおいで下さいと、スラスラと返答した。
「私くしのこと、もうおわかりでございますね。……実は私くしの主人が少々こまっているので助けていただきたいのです。さあどうぞ。」
 女性は今、来た道を元に戻って行く。仕方ないと若い道士も後につづくことにした。
「どうして私が道士だとご存じなのですか。」
 道すがらに、麟は不思議におもったことを尋ねた。今日は普段着で、さらに、彼はザンギリ髪の年若い青年で、誰がどうみても道士という風情ではない。前を行く女性は振り向きもせずクスクスと笑って、
「大層徳の高い気をお持ちですもの、人にはわからなくても私くし共にはわかります。」
 と、答えた。ああ、そうか気でわかるのかと、道士のなかでも最高の術を授かっているこの若い道士はのんきに納得した。
「私くしの村の道士は、それほどの力がございません。ですから、私くしが前に出ても妖怪だと剣をむける始末でございます。あなた様ように、ちゃんと見て頂ければ、私くしが悪しき志怪でないことがわかりますのに…。」
 残念そうに女性はため息をついた。自分の村の道士が、話をきいて主人を助けてくれれば、ここまで事態はひどくなっていなかったのだ。この若いが、すばらしく澄んだ気の青年が自分の主人を助けてくれるかどうかはすでに賭に近い。それでも、主人が心静かに落ち着いてくれるならと女性は足を速めた。
 確かに、道観には誰もいなかった。いや、いるに入るが、人ではないものたちばかりだった。
「道士は、3日程戻りません。どうぞ、ゆっくりなさってください。」
「でも………」
 少し麟は困ってしまった。すぐ戻るとおもっている子夏たちが、戻らないと騒ぐだろうことは必然である。
「・・・・実は、家の者にすぐ戻ると言ってきてしまったのです。今日はお話をうかがって、すぐに失礼させて頂きたいのですが。」
 若い道士の様子に、女性はコロコロと笑った。まるで、夜遅くまで遊んで家へ帰るとしかられる子供のように、そわそわとしている若い道士を見て、おかしさがこみあげた。
「…………では、私くしどもの下僕を使いに出しましょう。今日はこちらに泊まられると伝えてまいります。」
 女性はすぐに、側のものに声をかけて、誰かに今のことを隣村の道観まで伝えるように命じた。
 そして居住まいを正して、「どうかお聞き下さい。道士さま。」 と、話をはじめた。


 子夏は、イライラと道観の庭を行ったり来たりしていた。遅い遅すぎると、年下の道士の帰りを待っているのだ。
「そんなにイライラしないで、子夏兄。……麟だって、たまにはのんびり遊んでるんですよ。」
 麟より少し年上の戚が、干していた薬草をとり入れながら、子夏をいさめた。隣村まで行っただけなのだから、過保護も度を過ぎていると、戚はおかしくてニヤニヤと笑っている。
「・・・・また、途中でケガでもしているかもしれない。迎えに行こうかな。」
 戚の諫めた言葉など、まるで耳に入ってないらしく子夏は、爪を噛みながら玄関に向いた。以前、村の外まで散歩に出た麟が、鬼と出逢って、それを鎮めるのに手間どって足をケガして帰ってきたことがあった。
 緑青は、「なめているから、そういうことになるんだ。」 と、麟を叱ったが、子夏はそんなことよりケガをしてきたほうが心配だった。麟の気は、まことに美しい。超常力のない子夏ですら感じられる程である。それは、先代の師匠から麟が術を授かった理由でもあるのだが、逆に妖怪の攻撃の的にもなる。先代鵬師匠から最高の術を授かってはいるのだが、麟は、なるべくそれを使わずにすまそうとしているらしい。この若い道士曰く、
「私は預かっているのであって、自分のものではないから。」
 と、のたまうのだが、頼むから、その術を使ってくれと、子夏はいつも懇願してしまう。そんなに辛い思いを持たないでほしいと子夏はおもう。麟は、無理に預けられてしまったのだから。自分や緑青が、もっと資質があったら、麟はこんなに怖い目に逢うこともないのである。
「やっぱり行こう、戚。 私は迎えに行ってくる。 あとを頼むよ。」
 子夏が戚に声をかけて門を開けようとすると、外から門があいて、心配されている当の本人が姿をあらわした。喜んだ子夏は、「お帰り」 と、声をかけたが、相手はその横を子夏がいないかのように無表情に通り過ぎた。そのまま、広間に置いてある長椅子にころりと寝転がってすぐねむってしまった。よほど疲れたのかと心配性の兄弟子は、そのまま寝かせておくことにして、奥に入った。
 辺りがすっかり闇につつまれた頃、外から緑青が帰ってきた、道観についてホッと一息つくと寝椅子に麟がねむっていることに気がついた。
「おい、麟。こんなところで寝ていては風邪をひくぞ。 起きろ。」
作品名:茅山道士 白い犬1 作家名:篠義