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おおつしゅう
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novelistID. 27296
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テレフォンレター

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――――――――ん


誰かの声が聞こえた。その声は激しい砂嵐に遮られて最初は茫漠としていたが、徐々にくっきりとした輪郭を得ていった。

――――――――ん
―――――ミくん

――ミカミくん

 一瞬にして俺は連れ出された。いや、それは正しい表現ではない。俺は引き戻された。
そこには風景があった。そこはもう俺を映し出す暗い独房ではなかった。明るかった。そこには黄色があった。赤や茶色もあった。よく見るとそれは木の葉で、まるで世界を自分たちの色彩で包み込もうとするかのように空から降り注いでいた。
 そしてそれはあの頃、俺がしようとしていたことだった。俺たちが、しようとしていたことだった。そう、確かに俺たちはあの頃、世界を手にしていたはずだった。世界を俺と君で埋め尽くそうとしていた。それはとても素晴らしい事のように思えた。いや、実際にそれは素晴らしかった。残酷的なほどに、それは美しかった。


――ミカミくん、お元気ですか?


その声は無邪気に俺に話しかけてきた。無邪気という言葉はこのためにあるのかと、そう信じて疑わないような、そんな声だった。


――だんだん寒くなってきましたね。そちらは今、どんな感じですか?


 今の季節は夏だった。クーラーをつけていないと、冷たい水を飲むだけで汗が噴き出すほどに暑い。だが、その声は言っていた「だんだん寒くなってきましたね」と。


――わたしは最近、学校に続く道を歩きながら、下に落ちている落ち葉のことを考えます。

――どうしても、考えてしまうんです。


 もちろん、この街には落ち葉などまだ降り積もっていない。落ち葉どころか、木々は空へ幾枝もの腕を伸ばしながら、力強く青々とした葉を繁らせている。


――この落ち葉たちは枝から離れる時、一体どんなことを考えていたのでしょう?

――どんな思いを抱きながら、落ちていったのでしょう?

――まだ落ち葉たちが緑色の葉っぱだった頃、落ち葉たちはたくさん働いていました。

――自分たちを生んでくれた親である、その木のために。


 その言葉は淡々と語られていた。それが一層、その声の真っ白な無垢を際立たせていた。


――けれど落ち葉たちは捨てられていくのです。

――他ならぬ、その木のために。

――その時、落ち葉たちは何を思うのでしょう?

――その木を、恨むのでしょうか?

――それとも、感謝するのでしょうか?

――わたしにはわかりません。

――でも、そのどちらであっても、わたしはやっぱり悲しいのです。


 たまらなく、切ないのです。と声は言った。想いが溢れて、思いがけずこぼれてしまったというような、ぽつりとした声だった。そして、――だから、と声は続けた。


――だから、わたしはいつも下を見て歩きます。

――彼らの眠りを、少しでも邪魔しないために。


 声は語っていた。自分で見つめた世界のことを。その世界に対する自らの想いを。今の俺には見ていられない程、まっさらな目で、その声は見つめていた。けれど声はそこまで語ったあと、少し照れて笑った。


――なんて、ちょっと恥ずかしい事を書いてしまいました。


 声ははにかんで笑った。とても親密だった。手を伸ばせばすぐにでもその声に届きそうだった。

――ねえ、ミカミくん。

――ミカミくんは今、どんなことを考えていますか?

――どんなことをして、どんなことを感じていますか?

――背は、伸びましたか?

――わたしなんかもうとっくに追い抜かれてたりして。


 その声は一言一言語り終えるごとに繊細になっていった。それは長く地面で――そう、本来自分がいるべき場所だったところよりもずっと空から離れた場所で――じっと耐え続けた落ち葉のような、軽く握ればぱらぱらと砕けてしまうような、そんな繊細さだった。
 そして声は、最後にこう言った。


――また、会いたいです。


 ああ、会いに行こう。そう思った。
 そこに君はもういないかもしれないけれど。
 いや、そこまで辿り着くだけの翼を、俺はもう持っていないかもしれないけれど。
 その翼は、もう飛び方を忘れてしまっているかもしれないけれど。
 俺は、君に会いに行こうと思った。
 だけど、ちょっと待ってくれ。俺はそう口に出して言った。
その前に少しだけ休ませてくれ。
 俺は膝から床に崩れ落ちた。硬い床に、膝は痛かった。カーテンの隙間を縫って、光が部屋に差し込んでいた。朝が来たようだった。
作品名:テレフォンレター 作家名:おおつしゅう