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おおつしゅう
おおつしゅう
novelistID. 27296
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テレフォンレター

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ピ(、)ー(、)ピ(、)ッ(、)ピ(、)ー(、)ピ(、)ピ(、)ー(、)ピ(、)ー(、)ピ(、)ピ(、)ピ(、)ピ(、)ッ(、)、ピ(、)ー(、)ピ(、)ッ(、)ピ(、)ー(、)ピ(、)ピ(、)ー(、)ピ(、)ー(、)ピ(、)ピ(、)ピ(、)ピ(、)ッ(、)
信号。
真っ暗な空間に浮かぶ人工衛星。そこからその暗闇そっくりの無機質な信号が送られてくる。
異空間からの交信。その、試み。
人工衛星の真っ白なからだには、一つの穴が開いている。円形の窓。どうやら誰かが中にいるようだ。目を凝らして見ようとする。その部分がレンズの倍率を上げるように拡大される。その体は黒と白で構成されていた。そして、それには嘴もあった。
ペンギン?
それはペンギンだった。

俺はけたたましい電子音で目を覚ました。手元の時計に目をやる。緑色に光るデジタルの数字は午前三時を告げていた。鳴っているのは固定電話の着信音だ。地球の裏側からだろうか?非常に機嫌が悪い。
妙な夢を見ていた。俺は宇宙を見ていた。小さな星が点在する暗闇の中、孤独に彷徨う人工衛星。それに乗っている一匹のペンギン。全く意味不明だ。
電話はまだ鳴っていた。俺は無視を決め込むことにした。当たり前だ。こちらにはこちらの生活があり、それは明日も続いていく。こうして貴重な安眠時間を中断されただけでも多大な損害だ。俺は頭から布団をかぶって強く目を閉じた。
しかし、電話はいつまでたっても鳴り止まなかった。鳴り続けた。留守番電話に接続されることもなく。ひたすらに、鳴り続けていた。
俺はついに起き上がった。ベッドから降りて電話のある方へ向かう。途中、床に置きっぱなしにしてあった空のビール缶を蹴飛ばしてしまった。ちっ、と舌打ちをしつつ、そのまま暗闇に足を進める。次はプラスチックの容器を踏む感触。昨日食べた弁当だった。俺は構わず進んだ。そして、電話機があるはずのところへ手を伸ばした。
あれ?
しかし、その手は空を切った。そこに期待した感触はなかった。つまり、そこに電話機はなかった。次第に視線が暗闇をかき分けて、目が慣れていった。そして、確認した。
電話機は、消えていた。
俺はよく見た。状況を。そこには自分の在り処を探して所在なく手を伸ばす電話線だけが不安げに横たわっていた。しかし、電話線が抜けているにも関わらず、俺を呼ぶ電子音は鳴り続けていた。変な話だった。
俺は苛立たしげに舌打ちをして、仕方なく電話機を探し始めた。まずは元々電話機のあった周辺を探してみたが、そこには電話機があるという気配すら感じられなかった。俺はそこで覚悟を決め、家中を捜索し始めた。
とは言っても俺の家はワンルームのアパートで、そもそも探す場所を探さなければならないぐらいシンプルな部屋だった。俺はその殺風景な部屋で電話機が隠れていそうな場所――そもそも電話機が隠れている場所とは一体どんな場所なのか、文字にすれば尚のこと意味がわからないが――をまず頭の中で探し、そして実際に行動に移して探してみた。ベッドの下はもちろん、冷蔵庫の中からバスタブの底まで探してみた。けれど――もちろんと言うべきなのか――電話機は見つからなかった。
俺はバスタブの蓋を開けて覗きながら、そもそも何故俺は今こんなことをしているのか、という気分になってきた。当然の疑問。そんな疑問を抱いている最中も電話機は強迫的に俺を呼び続けている。俺はため息をついた。夜中の三時に何が悲しくて電話機など探さなければならないのか。明日も俺は朝から搭乗者数の限界に挑むラッシュアワーの満員電車に乗り込み、自意識過剰としか思えないほどに高層なビルの一室で、一日においての主な活動時間を会社の、あるいは社会の肉体的、精神的奴隷と化して過ごすのだ。
俺は思った。昔を。まだ、そう遠くはなかった昔を、思い出していた。
就職活動。あの時、俺は確かに勝ったはずだった。厳しい就職難。就職活動は難航を極めた。次々と落とされていく友人たち。俺はそれを脇目に一般的に見てかなり良い就職口に潜り込んだ。そう、俺はあの時、勝ったはずだった。
しかし、現状はこうだ。そこには生きている実感というものがなかった。毎日外で精神を削ぎ落とすだけ削ぎ落とし、家でそんな自分を見つめて失望した。そこには目的がなかった。いや、あるにはある。だがそれは決して高いわけでもない生活高度を維持するという、ただ虚しいだけのものだった。それにこの部屋を見ればわかる。ここには維持されるべきものなど、何もない。
俺は今、殺されるためだけに生きていた。
会社に。社会に。
社会に出るとは骨の髄まで己をしゃぶりつくされることなのだと、実際に社会に出るまで知らなかった。そんなこと、どこでも教えてはくれなかった。三角関数やキイロショウジョウバエの染色体遺伝なんかよりも、よっぽどそっちの方が教えてほしかった。今や俺は頑丈な首輪を取り付けられ、ただ飼い殺しを待つだけの道具でしかなかった。

そんなことを考えている時、俺はふと気付いた。
まだ、電話は鳴り続けていた。しかし、よく聞くとそれはいつも一定の強さで俺に迫ってきた。どこにいても。どんな場所にいても。俺は早く気づくべきだった。とんだ間抜けだ。大体まず電話機を探そうと思えば、どこからその音が聞こえてくるのかということを念頭に置いて探す場所を検討するのが普通だろう。寝起きを理由にして良いのかはわからないが、とにかく俺の頭は十分に回っておらず、その考えまで至ることができなかったようだ。そこに至ってさえいれば、俺はこの問題に早く行き当たっていたはずだ。そう、音は常に同じ音量で俺を呼んでいる。つまり、電話機は常に俺と同じ距離を置いてそこに在るということだ。
それはよく考えれば奇妙な事だ。
控えめに言って、とても奇妙だ。
これは一体どういうことなんだろうか?俺は鳴り続く電子音をBGMにしながら考えてみた。消えた電話機。外された電話線。鳴り止まない着信音。遠ざかることはなく、近寄ることもない、着信音。しかし俺にはわからなかった。やっと冴えてきた頭でもわかるはずがなかった。大体そんな奇妙な出来事にこれまで出会ったことがないのだ。当然だ。
俺は試しに耳を塞いでみた。半ば自棄糞だった。
しかし、それでも音は聞こえてきた。驚いた、というよりは納得がいった。この結果が示す答えはこうだ。
着信音は俺の中から聞こえてくる
だからどこにいても音の大きさが変わることはなかった。どこにいても常に音との距離は同じだった。それは俺の中で音が鳴り響いていたからだ。電話機が何故消えたかは未だにわからないが、これで少しはこの現象に説明がついた。
そうは言っても、と俺は思う。俺は一体「これ」をどう扱えばいいのか?どうすれば俺は「この音」に対して応えてやることができるのか?
当然、わからない。
俺は「その音」に対して、口で「ガチャ」と言ってみた。これもただの自棄糞の、ただの思い付きだ。
だがその瞬間、記録的に一定のリズムを刻み続けてきた電子音はぴた、と鳴り止み、不毛の砂漠を思わせるようなノイズが耳をついた。受話器は、確かに取られたようだった。俺は耳を澄ませた。人工的な砂嵐の向こうに、何かの気配を感じ取ることができた。

作品名:テレフォンレター 作家名:おおつしゅう