しっぽ物語 6.豆の上に寝たお姫さま
女はNが鼻からの呼吸をやめたことに気付くと、今まで押し付けていた内股を惜しげもなく開いてみせた。蒸れて湯気の立つような錯覚さえ覚えるその奥底を、彼は食い入るように覗き込んだ。熱気が近付いたところで、先細りの指の動きは止まらない。大胆なことに、いや、はしたないことに、赤い指先は、熱心に脚の奥に隠れたあらぬところを撫で摩っている。そしてあろうことか、青灰色の潤んだ瞳は、Nにもその行為を手伝うようにと促し続けていた。
未来の妻の顔は、今でもしっかりと脳の奥底に根を張っている。Nは掲げるような姿勢で介入を待ち望む眼の前のプッシーに、彼女の泣き顔を重ねていた。縋りつく言葉を吐いていた口の位置がちょうど、濡れている。絡み合った陰毛の濃さが、その露と匂いを溜めているように思えた。彼女の性器をこんなにもまじまじと見たことなど、なかったことのように思える。
震える手が、理性を押さえつけようと持ち上がる。これは彼女のせいではない。彼女は何も悪くない。無茶な飛込みをして海中の岩に頭をぶつけることだって、動かなくなった脚に愚痴を漏らすことだって、悪いのは、全て自分なのだ。だから、何も泣く必要なんかない。
先ほど見せてくれた弱弱しい顔に何度も何度も謝罪を続けながら、Nは慄く指を、女のそこに伸ばそうとした。
「何やってんだ」
第一関節しか埋まっていない人差し指では、子宮口の顫動を感じることすら出来ない。その場に凍りつき、強く奥歯を噛み締める。
聞き覚えのある声の持ち主はすぐさま近寄り、声のトーンを更に一つあげる。
「あんた、ホテルに泊まってる」
先ほどトイレでマナー違反を犯していた男が、呆気に取られた顔でNの顔をみつめていた。
完全に停止した思考の中で、女の歎息するような声だけが鼓膜を震わせる。頭の中でしつこく反響する絶頂の吐息は、つかの間だが、待ち構えている重苦しい彼女の面影を消してくれた。
今にも崩れそうな笑みを浮かべるNの顔を、男は理解する気はないようだった。なぜならハンカチを握る手は、何の容赦も見せずナースコールへ伸ばされたのだから。
作品名:しっぽ物語 6.豆の上に寝たお姫さま 作家名:セールス・マン