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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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厠の華子さん

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 華子さんは雅琥の胸倉を片手で掴むと、その細腕からは考えられない力で、雅琥の身体を無理やり持ち上げて立たせた。
「男なら自分の足でお立ちなさい。もう時間がないわ」
 時間がない?
 ガタガタガタと厠の扉が揺れ、なにかがひび割れる音がした。
 風彦はまさかと思い、華子さんに尋ねた。
「もしかして、奴が中に入って来るのではござらぬか?」
「そうよ」
 微笑を湛えながら華子さんは正直に認めた。
「どういうことなの、ここにいれば安全なはずじゃなかったの!?」
 血走った目で茜は華子さんに掴みかかろうとしたが、華子さんは軽くそれを蝶のように舞って躱した。
「日が落ちたときこそ、奴の力は本領が発揮されるのよ。そうね、あと五分くらいかしらね」
「五分ですって!?」
 茜は驚いて自分の腕時計を見たが、不思議な顔をした後すぐに怒鳴り散らした。
「もうやだ、なんで壊れてるのよ!」
 時計の針が明らかにでたらめな時刻を指していたが、その腕時計を茜の背後から背後霊のように覗き込んだ風彦は、納得したようにうなずいた。
「違うでござるよ、壊れているのではなく、磁場や霊気などによって狂わせれてしまったのでござる。稲葉殿の時計はおそらく魔導式時計の最新型でござるね?」
「そうだけど」
「魔導式時計は精確な時を刻み、半永久的に電池交換もいらないことが売りでござるが、このような場所には向かないでござる。拙者なんかは、ねじ巻き式の時計を使ってるでござるよ」
「そうなんだ、知らなかった。蓮田くんってあたしと同じ一年生なのに、いろんなこと知ってるみたいだし、魔導力もスゴイのね」
「あはは、そうでござるかぁ、そんなこと言われると照れるでござるよぉ」
 普段から蒼白い風彦の頬に少し赤みが差した。だが、その頬もすぐに蒼白く戻る。
 ガタガタガタと今度は厠全体が揺れ、天井から細かい木片や埃が落ちてきた。
「呑気に話してるヒマじゃなかったわ!」
 茜は自分の置かれている状況を再度思い出し、周りにいる人たちの顔を眺めた。
 華子さんは外にいる鬼を倒してくれそうもなく、雅琥はかろうじて立ち上がりはしたがうつむいて身体を震わせている。残るはただひとり、茜は風彦に顔を向けた。
「蓮田くん、どうにかして、あたしまだ死にたくない!」
「どうにかと言われても……」
「あたしまだ死ねない。明日は友達と学園の近くにできた甘味処に行くって約束してるし、それに……」
 茜が言葉に詰まったところで、華子さんが言葉を続けた。
「お父上が病に臥して、藩は危機的状況ですものね。自分がどうにかしなきゃいけないと思っているのでしょう?」
「なんであなたがそんなこと?」
 驚きのあまり茜は目を大きく開けて息を呑んだ。
「この学園のことはなんでも知っていると申したでしょう。わたくしは江戸中期に武家の長女として生を受けたの。お父上は男子を望んでいたし、あの時代は女が侍になれなかった。けれど、わたくしは独学で剣を学んだわ……という身の上話はどうでもいいわね。とにかく、今はいい時代になったわ、女のあなたでも藩主になることができるもの――っ!」
 ガタガタガタと厠全体が大地震に見舞われたように揺れ、華子さんも思わず状態を崩して床に膝を付いてしまった。
「時間がもうないようね。外の奴が中に入って来たら、きっとおもしろいことになるわね。八つ裂きにされて腸を抉り出されて食われるのかしら、あなたたち?」
 残酷なことを微笑みながら平気で口にする華子さんの傍らで、同じく揺れでバランスを崩して床に倒れてしまっていた風彦が立ち上がった。
「まずはここから逃げるでござる。その前に六道殿を正気に戻さねば……」
 なにか妙案でも浮かんだのか、風彦は雅琥の傍らに立つと、呪文でも唱えるように囁きはじめた。
「華子殿をしっかり見てくだされ。あの人のどこがオバケなんでござるか。足もちゃんと生えてるし、なかなかの別嬪さんでござるよ」
 風彦に促され、雅琥は華子さんのことを恐る恐る見た。これはしめたと風彦が押しの一手を決める。
「どっからどう見ても人間でござるよ」
「華子さんが人間……人間……あそこにいるのは人間……」
 雅琥は風彦の口車……暗示に乗せられようとしていた。
「そうだよな、人間に決まってんじゃんか、オレがどうかしてたぜ!」
 雅琥復活!
 凛々しく立ち誇る雅琥の姿は、まるで白虎のようだ。
 ――だが。
「わたくし、もののけよ」
 さらっと放たれた華子さんの攻撃!
「ぐはーっ!」
 雅琥に精神的ダメージをくらわせた。
「だめだ、オレはやっぱりだめだ……だめなんだ……」
 再び弱気になる雅琥。
 せっかくいい調子だったのにと、茜の怒り爆発!
「もうなにってんのよ、華子さんのバカ!」
「バカとは失礼ね。厠に長いこと住んでいたから、性格が少し陰湿で意地悪になっただけよ」
 と、微笑で返す華子さん。
「みなさん、あの、そんなことをしている場合ではないと思うのでござるが……」
 と、この場で一番冷静だったりする風彦。