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茅山道士 麒妃と麟舒

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「半年経って、なお訴えがなかったので、いまでは屋敷が壊れてしまって、修理しても間に合わんのだ。わしが先程からあなたがたの頼みを受け付けなかったのは、どうしたらよいか思案がつかなかったからだ。だが、それ程まで熱心に頼むなら、ひとつ手を尽くしてみることにしよう。」
 そして立ち上がると北の方へ、百歩あまり進んで桑林の中で立ち止まった。それから三人に、これからどんなことが起ころうとけっして声をあげてはならないと注意した。
 老人はそこで長く叫び声をあげた。と、たちまちそこに大きな役所らしい建物があらわれた。建物のまわりには、侍従たちがおごそかに立ち並んでいる。田先生は役所の正面の席に、紫の上衣をまとって机に肘をついて腰かけ、左右には獄卒たちが居並んでいた。
「地上神をお召しじゃ」 と、いう声が地ひびきのようにつたわった。と、まもなく、十幾つかの隊伍がそれぞれ百騎あまりを一隊として、さきになりあとになりして馳せつけてくるのが見えた。各隊の統率者はみな身のたけ一丈あまり、いかめしい顔つきをしている。彼等は門の外に並んで服装をととのえながら、この度は、いったい何事がおこったのかな、と言いあっている。
 取り次ぎの役人が、「地上界の廬山の神、江涜の神、彭蠡の神の到着でございます。」と言うと、田先生の「みな、通せ。」と、言う声が聞こえた。神々が役所の中にはいると、田先生は言った。
「先頃、この州の勅使の息子が、横暴な亡霊によって殺された。まことに非道きわまる事件だが、その方どもは知っておるか。」
 地の神々は一斉に平伏して知っていることを告げた。
「知っておるならば、何ゆえ恨みを晴らしてやらぬのだ。」
「訴訟には告訴するものが必要でございます。この事件については誰も訴え出ませんので、摘発のしようがございません。」
「犯人の姓名を知っているか。」
 すると一人が、前漢の玻県の王、呉蚋であることと、いまの勅使の官邸は昔、呉蚋が住んでいたところであること、彼はいまでも豪雄を誇り、土地を占領してたびたび暴虐なふるまいをしているが人間たちにはどうすることもできないという現状を伝えた。大仙様は直ちに呉蚋を捕らえてくるように命令すると隊伍の一隊が飛び出して行って、すぐに横暴きわまりない亡霊を縛って連行して来た。田先生が尋問したが、亡霊は罪を認めない。
「勅使の息子を連れてまいれ。」
 麟舒が連れてこられた。麒妃は思わず声を上げそうになったが、緑青が気づいて身振りで声を出さぬように注意した。彼等は本来、ここへ来てはいけない者たちなので田先生の後ろに隠れて様子を見ているのである。
 麟舒と呉蚋の対決が始まり、呉蚋が言い負かされると、自分を見た恐怖のあまりに麟舒の息が絶えてしまった。と、言い訳をした。それに対して田先生はどのような武具を用いようと、恐怖を与えてであろうと、殺したことにはかわりがないと強い態度に出た。つまり この横暴な亡霊は麟舒を殺したことを認めたのである。田先生の命令で亡霊は幽冥界の役所へ護送されて行った。それから、すぐに側近に州の勅使の息子の本来の寿命を調べさせた。側近はすぐに帳簿を引っ張って来て 残り三十二年の寿命と麒妃との間に四男三女をもうけることになっていると報告した。報告を聞いてから前を向き直した大仙様は、かなりの寿命が残っているのに不当に殺された麟舒を生き返らせたいが、どうすればよいかと皆に尋ねた。しばらく沈黙が支配したが、一人の年取った役人が進み出て以前に先任の長官が取った処置を判例として申し出た。
「東晋のとき、河南の嶢に非業の死をとげた者がおりましたが、ちょうどこの者と同じ事例でございました。そのとき前任の長官であらせられた葛真君様は、魂に形を与えて肉体とされ、人間界へ帰されました。その者は飲食も嗜好も遊楽もいっさいのことが常の人間とかわりませんでしたが、ただ寿命が尽きて死んだとき、あとに死体が残らなかったのでございます。」
「はて、魂に形を与えるとはどのようにするのか。」
 田先生が老役人に再び尋ねた。
「生きている人間には三魂と七魄がごさいまして、死ねば、ばらばらになってしまいます。それらの魂魄をひとつに寄せ集め、続玄膠を塗った上で、大王様がじきじきに送り出して人間界へお帰しになれば、もとの体と同じになるはずでございます。」
 それを聞くと田先生は麟舒に向かって、その処置をしてよいかを尋ねた。麟舒が断るはずもなく「ありがたいしあわせでございます。」と言うと直ちに 役人が麟舒に似た七、八人の男を連れてきた。そしてそれらを麟舒に押し付け、一人が器にいれた飴のような薬を麟舒の体に塗りつけた。そして田先生が言葉をかけて送り出すと役人に連れられて門から出て行ってしまった。



 夜が明けると、昨夜の情景はすっかり消え失せて、田先生と道士のふたりと麒麟が一対、森林の中に立っていた。にこやかに微笑みながら田先生は麒麟の方を向いた。
「できるだけの手を尽くしてみた。うまくいって良かったな、すぐ連れて帰って、身内の人々に合わせなさい。ただ、生き返ったとだけ言うのだぞ。他言は無用だ。さあ、これでお別れしよう。」
 感激の涙を流しながら麒妃と麟舒は田先生に礼を言った。やはり、麒麟は結ばれるのだな、と麟は少々羨ましく思いながら、その光景を見入っていた。きっと似合いの夫婦になるだろう。生死をかけて成就したのだから、そう願わずにはおれない。
「しかし、おまえはなんと若い道士なんだ。」
 田先生は麟を見てこう言った。普通 道士といえば緑青あたりが一番若い部類に入るのに、それよりも十以上若いのだから大仙様の眼にとまってもおかしなことではない。
「はい、我が師匠は中茅君の定祿府に召されて退仙いたしました鵬にございます。急なことでしたので私が及ばずながら術を授かりましてございます。」
 麟は形式通りの理由を丁寧な口調で言った。それにまだ、自分と麒氏という女が絡んでいることもあるのだが、今 田先生はそこまでの説明を求めていないので概略のみを話した。別段 驚く様子もなく田先生は「ほぉー」と一言、感嘆符をつけてニヤリとした。
「鵬仙人はよい弟子に恵まれたようだ。資質もさることながら見目も麗しい。のう、若いの。」
 カッカッカ・・・と笑いながら老人は その場から去って行った。緑青と麟は毒気にあてられたように呆然と去り行く大仙様を見送った。


                        
作品名:茅山道士 麒妃と麟舒 作家名:篠義