珍アルバイトパレード
大手人材派遣会社の元社長、アサヒカワ氏は退屈していた。現役を退いて一人で隠居暮らしをしているのだが、日々の生活に全くハリがない。そんなアサヒカワ氏はどうやったら毎日が楽しくなるかを考えていた。
そんなある日、病院に入院している友から電話がかかってきた。彼は病気で首から下の上半身が麻痺しているため、院内にある公衆電話の受話器を奥さんに持ってもらって話している。
「やあ、元気か」
友は聞いてきた。
「それはこっちの台詞だ。どうかね、体調は」
すると友は苦笑交じりにこう言った。
「まあまあだ。しかし聞いてくれよ。ワシが本好きなのは知っているだろう。だがこの体では本が読めないんだよ。なので本をめくってくれるアルバイトなんかいないかなと思ったりしてね。いや冗談だが。妻も家のことで忙しいのでね」
それを聞いてアサヒカワ氏は、ピンとひらめくものがあった。
「本……本めくりのアルバイトか。よし、うちの会社で募集をかけてみよう。時給千円にでもしておけば、すぐ見つかるだろう。まあ、楽しみに待ってろ」
それから色々な世間話をしてアサヒカワ氏は電話を切った。
「ふむ。アルバイトか。そうだな。私も何か変わったアルバイトを募集してみよう」
それからアサヒカワ氏はしばらく考えた。アサヒカワ氏の家には使用人はいない。そんなものを雇ったら、
「羨ましいですなあ。うちにはそんな金はありませんよ」
というような予想範囲内の会話が交わされる。それが嫌なのだ。しかし、それに代わる者がいてもいいはずだ。それが先ほどの本めくりのように、少し変わったアルバイトなら退屈もしないし話題性もある。そう思い、いくつかのアルバイトを思い浮かべてみた。
人脈の広いアサヒカワ氏には老若男女問わず、暇人がいっぱいいる。まず初めにアサヒカワ氏は体力のありそうなフジタという青年に電話をかけた。
「もしもし、フジタ君かい。元気かね。そうかい、けっこうけっこう。フジタ君、突然で申し訳ないが、君、うちでアルバイトをやってみないかね。なに?なんのアルバイトかって。いや、実はね、うちに来て時々、タンスやドアのところで足の小指をぶつけてほしいんだ。なに?そうそうもう一回言うよ。うちで足の小指をぶつけるアルバイトをしてみないかね。え、どうしてだって?それは私みたいな金持ちでも小指はぶつけるわけだよ。しかし、なぜぶつけるかというと、それは家にぶつける人がいないからなんだ。つまり、率先してぶつける人がいてくれたら、『ああ、私も気をつけよう』と思ってぶつけなくなるじゃないか。それをやってほしいんだ」
フジタ君は当然それを断った。
「一回につき、二千円出す。一日に一回だけぶつけてくれればいい」
金のないフジタ君はOKしてしまった。その日からフジタ君がアサヒカワ氏の家にやってきて、タンスなどに小指をぶつけにきた。アサヒカワ氏は面白がって笑った。日常がほんの少し楽しくなった。
次にアサヒカワ氏は五十代のカナガワ女史に電話した。カナガワ女史は地獄耳で有名である。彼女はどんな悪口でも聞き逃さない。そんな彼女にやってほしいアルバイトはこんなものだった。
「ああ、カナガワ女史。今も君の悪口を言っていたところだよ。え、聞こえていたって?いやあ、さすがだなあ。ところであなたに頼みたい仕事がある。何かって?いや、実はどこの家でもそうだろうけど、うちの中で色んな音がするのだよ。そうそう、察しがいいね。レンジ、洗濯機、冷蔵庫、携帯などの電子音だ。それを瞬時に聞き分けるアルバイトをやってくれないか。ピーピーピーピー同じような音で鳴るから、それがどの音なのかを探すのに一苦労なのだよ。頼む、給料は弾むから。おお、そうか、やってくれるか。毎日悪口を言っていたかいがあったよ。ははは、冗談冗談。では都合がよければ今日からでも来てくれたまえ」
そしてまたアサヒカワ氏の家にカナガワ女史がやってきた。彼女はいつも音に耳を澄まし、鳴ったそばからなになにの音だ、と的確に示してくれる。アサヒカワ氏は、また話のタネが増えたと喜んだ。
さらに続いて電話をしたのは現在無職の中年タハラ氏だ。タハラ氏は奥さんに稼いでもらっており、その奥さんからはタハラ氏の愚痴を電話でよく聞かされる。これはそんなタハラ氏にはピッタリの少し意地の悪いアルバイトだった。
「ああ、タハラ君。毎日ごろ寝しているのかね。なに?そろそろ仕事をしようと思っている?おお、とうとう離婚を迫られたのかね。ははは、そりゃあそうだろう。しかし君、普通の仕事なんか出来るのかね。出来ないだろう。そこで君にしてほしいアルバイトがある。うちでのアルバイトなんだがね。実は一ヶ月前にうちのトイレの換気扇が壊れたんだ。しかし、私の当たり前嫌いは知っているだろう。トイレに換気扇ってのも普通じゃないか。そこで君、私がトイレから出てきたら、その匂いを吸って空気を入れ替える仕事をしてみないかね。そうだ、人間換気扇だ。え、嫌だって?一回につき、五千円払う。なに、やってくれるか。そうかそうか、君にしか出来ないことだと思っていたよ」
そしてまたその日からタハラ氏がやってきた。タハラ氏はアサヒカワ氏がそのトイレから出てくるたびに、中へ入って目一杯そこの空気を吸わされた。アサヒカワ氏は悪趣味だとは思いながらも、くくくと笑った。一応タハラ氏の奥さんにこのことを伝えたが奥さんは、
「いい気味ですわ」
と今までの鬱憤を晴らすような晴れ晴れとした声でこころよく了解してくれた。
ここまで来てアサヒカワ氏はふと真面目に考えた。社長時代を経験したアサヒカワ氏は人に媚びられることを幾度となく経験している。現役を引退してから多少それはなくなってきたが、それでも会社関係の人間からは未だに顔色を窺われている。
そこでアサヒカワ氏は勤めていた会社に電話をした。
「もしもし、私だ。アサヒカワだ。いや、急にすまないね。社長のマツダ君に代わってくれないかね。あ、もしもし、私だ。アサヒカワだ。マツダ君。この間、風の噂で聞いたんだが、私の現役時代、ずいぶんと私の命令に対して愚痴をこぼしていたようだね。え、そんなことないですって?いやいや、確かな筋から聞いているんだよ。え、クビになるのかって?違う。違うよ、マツダ君。突然だが、君にちょっとした頼みがある。なに、たいしたことじゃない。どんな頼みかって?それはこの私に向かって『アサヒカワのアホ、バカ、死ね!』と思う存分罵るアルバイトをやってほしいのだ。え、とんでもないって?給料は出す。頼む。私は部下のほんとの心が知りたいんだ。一時間怒鳴りまくって、時給三千円にしてやろう。え、嫌だって?これは命令だ。今度カラオケ屋に行こう。そこで私への鬱憤を思いっきり晴らすのだ。今まで嫌だったんだろう。では君の知っているカラオケボックスで二人きりで会おう」
アサヒカワ氏は満足げに電話を切った。これで部下の本心が知れる。
後日、マツダ氏はアサヒカワ氏と無理やり会うはめになった。そしてクビを覚悟でその場に挑んだマツダ氏は、現役時代の不満をぶちまけさせられた。マツダ氏は泣いていた。そんな部下を見てアサヒカワ氏は心を打ち解けてくれた涙だと理解した。
そんなある日、病院に入院している友から電話がかかってきた。彼は病気で首から下の上半身が麻痺しているため、院内にある公衆電話の受話器を奥さんに持ってもらって話している。
「やあ、元気か」
友は聞いてきた。
「それはこっちの台詞だ。どうかね、体調は」
すると友は苦笑交じりにこう言った。
「まあまあだ。しかし聞いてくれよ。ワシが本好きなのは知っているだろう。だがこの体では本が読めないんだよ。なので本をめくってくれるアルバイトなんかいないかなと思ったりしてね。いや冗談だが。妻も家のことで忙しいのでね」
それを聞いてアサヒカワ氏は、ピンとひらめくものがあった。
「本……本めくりのアルバイトか。よし、うちの会社で募集をかけてみよう。時給千円にでもしておけば、すぐ見つかるだろう。まあ、楽しみに待ってろ」
それから色々な世間話をしてアサヒカワ氏は電話を切った。
「ふむ。アルバイトか。そうだな。私も何か変わったアルバイトを募集してみよう」
それからアサヒカワ氏はしばらく考えた。アサヒカワ氏の家には使用人はいない。そんなものを雇ったら、
「羨ましいですなあ。うちにはそんな金はありませんよ」
というような予想範囲内の会話が交わされる。それが嫌なのだ。しかし、それに代わる者がいてもいいはずだ。それが先ほどの本めくりのように、少し変わったアルバイトなら退屈もしないし話題性もある。そう思い、いくつかのアルバイトを思い浮かべてみた。
人脈の広いアサヒカワ氏には老若男女問わず、暇人がいっぱいいる。まず初めにアサヒカワ氏は体力のありそうなフジタという青年に電話をかけた。
「もしもし、フジタ君かい。元気かね。そうかい、けっこうけっこう。フジタ君、突然で申し訳ないが、君、うちでアルバイトをやってみないかね。なに?なんのアルバイトかって。いや、実はね、うちに来て時々、タンスやドアのところで足の小指をぶつけてほしいんだ。なに?そうそうもう一回言うよ。うちで足の小指をぶつけるアルバイトをしてみないかね。え、どうしてだって?それは私みたいな金持ちでも小指はぶつけるわけだよ。しかし、なぜぶつけるかというと、それは家にぶつける人がいないからなんだ。つまり、率先してぶつける人がいてくれたら、『ああ、私も気をつけよう』と思ってぶつけなくなるじゃないか。それをやってほしいんだ」
フジタ君は当然それを断った。
「一回につき、二千円出す。一日に一回だけぶつけてくれればいい」
金のないフジタ君はOKしてしまった。その日からフジタ君がアサヒカワ氏の家にやってきて、タンスなどに小指をぶつけにきた。アサヒカワ氏は面白がって笑った。日常がほんの少し楽しくなった。
次にアサヒカワ氏は五十代のカナガワ女史に電話した。カナガワ女史は地獄耳で有名である。彼女はどんな悪口でも聞き逃さない。そんな彼女にやってほしいアルバイトはこんなものだった。
「ああ、カナガワ女史。今も君の悪口を言っていたところだよ。え、聞こえていたって?いやあ、さすがだなあ。ところであなたに頼みたい仕事がある。何かって?いや、実はどこの家でもそうだろうけど、うちの中で色んな音がするのだよ。そうそう、察しがいいね。レンジ、洗濯機、冷蔵庫、携帯などの電子音だ。それを瞬時に聞き分けるアルバイトをやってくれないか。ピーピーピーピー同じような音で鳴るから、それがどの音なのかを探すのに一苦労なのだよ。頼む、給料は弾むから。おお、そうか、やってくれるか。毎日悪口を言っていたかいがあったよ。ははは、冗談冗談。では都合がよければ今日からでも来てくれたまえ」
そしてまたアサヒカワ氏の家にカナガワ女史がやってきた。彼女はいつも音に耳を澄まし、鳴ったそばからなになにの音だ、と的確に示してくれる。アサヒカワ氏は、また話のタネが増えたと喜んだ。
さらに続いて電話をしたのは現在無職の中年タハラ氏だ。タハラ氏は奥さんに稼いでもらっており、その奥さんからはタハラ氏の愚痴を電話でよく聞かされる。これはそんなタハラ氏にはピッタリの少し意地の悪いアルバイトだった。
「ああ、タハラ君。毎日ごろ寝しているのかね。なに?そろそろ仕事をしようと思っている?おお、とうとう離婚を迫られたのかね。ははは、そりゃあそうだろう。しかし君、普通の仕事なんか出来るのかね。出来ないだろう。そこで君にしてほしいアルバイトがある。うちでのアルバイトなんだがね。実は一ヶ月前にうちのトイレの換気扇が壊れたんだ。しかし、私の当たり前嫌いは知っているだろう。トイレに換気扇ってのも普通じゃないか。そこで君、私がトイレから出てきたら、その匂いを吸って空気を入れ替える仕事をしてみないかね。そうだ、人間換気扇だ。え、嫌だって?一回につき、五千円払う。なに、やってくれるか。そうかそうか、君にしか出来ないことだと思っていたよ」
そしてまたその日からタハラ氏がやってきた。タハラ氏はアサヒカワ氏がそのトイレから出てくるたびに、中へ入って目一杯そこの空気を吸わされた。アサヒカワ氏は悪趣味だとは思いながらも、くくくと笑った。一応タハラ氏の奥さんにこのことを伝えたが奥さんは、
「いい気味ですわ」
と今までの鬱憤を晴らすような晴れ晴れとした声でこころよく了解してくれた。
ここまで来てアサヒカワ氏はふと真面目に考えた。社長時代を経験したアサヒカワ氏は人に媚びられることを幾度となく経験している。現役を引退してから多少それはなくなってきたが、それでも会社関係の人間からは未だに顔色を窺われている。
そこでアサヒカワ氏は勤めていた会社に電話をした。
「もしもし、私だ。アサヒカワだ。いや、急にすまないね。社長のマツダ君に代わってくれないかね。あ、もしもし、私だ。アサヒカワだ。マツダ君。この間、風の噂で聞いたんだが、私の現役時代、ずいぶんと私の命令に対して愚痴をこぼしていたようだね。え、そんなことないですって?いやいや、確かな筋から聞いているんだよ。え、クビになるのかって?違う。違うよ、マツダ君。突然だが、君にちょっとした頼みがある。なに、たいしたことじゃない。どんな頼みかって?それはこの私に向かって『アサヒカワのアホ、バカ、死ね!』と思う存分罵るアルバイトをやってほしいのだ。え、とんでもないって?給料は出す。頼む。私は部下のほんとの心が知りたいんだ。一時間怒鳴りまくって、時給三千円にしてやろう。え、嫌だって?これは命令だ。今度カラオケ屋に行こう。そこで私への鬱憤を思いっきり晴らすのだ。今まで嫌だったんだろう。では君の知っているカラオケボックスで二人きりで会おう」
アサヒカワ氏は満足げに電話を切った。これで部下の本心が知れる。
後日、マツダ氏はアサヒカワ氏と無理やり会うはめになった。そしてクビを覚悟でその場に挑んだマツダ氏は、現役時代の不満をぶちまけさせられた。マツダ氏は泣いていた。そんな部下を見てアサヒカワ氏は心を打ち解けてくれた涙だと理解した。
作品名:珍アルバイトパレード 作家名:ひまわり