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 ほらやっぱりすぐに終わったと言いたげな友人はナイフを一振りして銀色に付着したナイフを取り払う。
「次はもっと面白い仕事がいいネ」
「俺に言われてもなぁ。ていうか依頼料をトモダチプライスでもうちょっとお安くしてくれると嬉しいんだけど、俺」
「慈善事業で仕事はしてないからネ。だったら刑事の彼女が依頼すれば良いじゃないカ」
「あー、警察が依頼したらダメなんだって。私情でも」
 そうしてくれると俺、すごく助かるんだけどね! 先刻言われたがまあそれは無理だろう。息一つようやっと吐き出して、だらだら血が流れ続ける腕を見やる。全治一週間。いや、三日でなんとかなるかな。なればいいな。死体の処理はばっくんとアキさんに頼むとして、俺はまだやることがある。少女の件はこれで幕引きとなったが人喰は終わっていない。彼ら警察側は人喰でまとめてしまっているが、実際は違う。一枚の写真から割り出すのはかなり、いやほんとう苦労した。
「じゃあ俺用事あるから。アキさんが来たらよろしく言っといて」
「菌が入る前には治療しておいた方がイイヨ。お得意サンを亡くすのは少し痛いからネ」
 善処はしてみるよ。とだけ残して、B通りを抜けそう離れていない街中住宅街へと足を進めた。マンションだらけの其処は明かりがついていたりそうでなかったりと様々だ。十年ほど前に経ったばかりのそれだがそれ相応の傷みはある。その、数え切れないほど並んだ高層マンションのひとつ。エレベータで三階まで上り、通路手前の部屋で足を止める。ネームプレートは汚れて読めない。外から確認した限り部屋の電灯は点いていなかった。ドアノブに手を掛ければ容易く開いたが何日窓を開けていないのか。室内は、異様な臭いで充満していた。蝿がたかっている。しまった、懐中電灯持って来ればよかった。
「おじゃましまーす」
 同時にすぐ傍にあったスイッチを入れ、蛍光灯を点けた。先に広がる世界の印象は、正直、汚い、だった。部屋には食べ物カスが散らばっている。ゴキブリも蝿も居る。ほとんどがナマモノの跡。さして広くもない部屋の最奥に、目的のモノは在った。
「ぃ――ぃ――ぃ――」
 ガ、ツガツガ、ツガツガ、ツガツガ、ツガツガ、ツガツガ、ツガツ。
 リズムと化したその音はけれど不自然。いや、状態を考えれば自然か。
 汚い部屋に在ったのは人喰の象徴。志崎枢のようなニセモノの人喰ではなく、ホンモノの人喰。名前は知らない。丸い巨体にぴっちりとした、薄汚れたTシャツ。ズボンは履いていない。トランクス一枚だ。そしてその横に、黒い学ランが一式捨ててあった。アキさんに見せられた写真に写っていたものと同じ、制服。
 そもそも志崎枢を人喰と称すにはまだ早い。彼女は人を喰べてはいたが、ヒトを喰べてはいないのだ。人喰は人体丸ごとを食べてこそ人喰と呼べる。彼女が丸ごと食べていないという証明は、彼女の顔、歯にある。普通人体の骨と言うのは固くて噛み砕けるようなものではない。噛み砕けたとしても、自らの顎も同時に砕け歯が折れるもの。だが彼女の顎は健在で、歯も折れていない。彼女の喰べ方は、まず喰べる部分を折ってから肉だけを剥ぎ取る手法。よって、二ヶ月前に起きた事件は彼女が起こしたものではない。一番最初、その事件だけは、目の前の奴がやったのだ。証拠は、その、だらりと項垂れている顎。無理矢理動かしながら食事をしている彼の顎はすっかり原型を留めていない。
 その手の肉を取り上げれば、ようやっとこちらに気付いたようで目を丸くした。
「もう食うな」
 人肉ではない。生ではあるが、市販の牛肉だ。彼は最初の一件以外人を喰べていない。二時間しか時間がなくあまり深くは調べられなかったが、彼は幼い頃から食に対して厳しい教育を受けたらしい。両親が調理師だったからだろう。学内でも誰かが食べ物を残すと怒っていた姿が目撃されている。被害者は彼の友人。だがある日突然ぱたりと二人とも姿を見せなくなった。彼の両親は彼を捜索し真相を知ったたが、世間に知られたく無いからとこの場所を紹介。食べ物を恵む代わりに一生出るなと条件を出した。対して友人の両親は息子に関心一つなく、何処で何をしようと構わなかったらしい。――ゴミ捨て場の制服さえ見つからなければ、おそらくこの事件は上げられなかっただろう。
 憶測ではあるが、彼が砕けつつも食事を続けるのには理由がある。人喰と言う行為は決して行われてはならないこと。彼はそれを痛感している。だから、食べることを続ける。友人を喰べた理由を正当化したいのだ。
「事件を隠すために喰べた。それを償いたいならちゃんと表に出て来い。それ以上食べたって、なんの理由付けにもなんねぇよ」
 食べ残してはいけませんという言葉が、人喰を招いたのだろう。それだけ言い残して、部屋を出た。いい加減嗅覚の限界でもあるし、話が通じないならそれまでだ。一週間以内に警察に名乗り出なければアキさんに報告すればいいだけだし。血が固まった腕を一瞥しつつエレベータで一階まで降り、懐から煙草を取り出して一本だけ銜えた。すっかり夜空は明るんで来てしまっている。黎明時はそう遠くない。火を点けて、まだ夜に溶けてくれるだろうかという淡い期待を抱きながら煙を吐き出した。
 うん、仕事終わりの一服は心にしみる。


喰 / 09.12.10
作品名: 作家名:asa