喰
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夕暮れの訪問者は相変わらず堂々とやって来、ポン、と目の前にブツを置いた。エーット? 小首を可愛らしく傾いで見たが見事にスルーされた。ひどい。いや知っていたが。そしてこんな状況は初めてではないので大分状況は飲み込めている。深い溜息を呑み込みつつ置かれた茶色の――封筒を仕方なく受け取り、早速中身を拝見。ポラロイドによる写真が四枚、それに関する説明であろう書類が一枚。ざっと目を通して呑み込んだはずの溜息がこぼれた。うえ。
「毎度思うけどさ、なんでこういうイロモノばっか? もしかしてイロモノ担当だとか思われてたりするの?」
「イロモノかどうかはお前の判断次第だろう。警察側ではこれ以上立ち入れない領域だ、仕方あるまい」
写真のひとつを指差して、封筒の持ち主は悪びれず言う。たしかに、犯人を割り出したところまでが警察で手出しできる限界とでも言うべきか。うーん、捕まえても返り討ちに遭うか処分に困るだろうしなぁ。
「両親に確認したところ、本当に自分の子供ならば処分して構わないらしい。処理方法はお前に任せるよ」
「本当も何も、目撃証言出てんじゃん。あ、信じたくないってことですかね。……つか、それならアキさんが自分で処理係に依頼した方が早くないですか?」
「お前は馬鹿か。私が動いたらそれこそ意味がないだろう」
まあたしかに、警察の人間が白昼堂々殺し屋なぞに依頼したらそれこそ問題ダヨネ、ウン。
「この資料は貰っても?」
「ああ。捕まえたら返してくれればいい」
警察の重要書類を一般人に渡す警察官ってどうなんだろう。いや、こちらとしては食い扶持を繋ぐ大切なオシゴトなのでとても感謝はしているのですけれども。国家権力振り回すってこの人のことだよね。キッチリ着込んだスーツが少しだけ眩しい。振り払うように四枚の写真を見比べて、資料と照らし合わせる。
最初の事件はふた月前。街中住宅街のゴミ捨て場に男子学生の制服が血だらけで捨てられていたのが最初。遺体は何処にもナシ。二件目。市内の森林。人骨と衣服が放置されていた。三件目は町内の公園。トイレに人骨と衣類が放置。最後はすぐ近くの商店街、裏路地。あとは同様。被害者に共通点はナシ。殺害方法も不明であるが、唯一の共通点は皆、喰べられているということ。骨に付いた歯形がそれを物語っているらしい。カニバリズム、なんて生易しいものではない。これは明らかな人喰行動。今の世の中では随分と珍しい殺害方法だ。渡された写真には被害者と思わしき事件現場の写真。
「犯人は志崎枢。年は十五で学内では比較的明るい性格。しかしひと月半前に家出。それ以降は人前に現れず、たまたま三件目を友人が目撃し警察へ連絡。しかしその一週間後に喰べられた、と。目撃者は殺しておくってことですかね」
「私の調べでは三件目の被害者は二件目を目撃していたそうだ。まあ、普通の殺人者はそうするだろうが」
人喰行動を見られたから殺す、か。なるほど。しかしそうなると探し出すのは非常に面倒だ。見られることに恐怖を覚える奴ならば普段はどこぞに気配を殺して隠れているだろう。十五歳の子供が隠れられる場所なんて限られては来るが、それでも数は多い。
「それなら安心しろ。四件目を目撃した奴と既にコンタクトはとってある」
さすがです、アキさん。
×××
「あ、もしもしばっくん? あのさー、ちょっと頼みたいことがあるんだけどー。そうそう。や、ちゃんとお金は払います。払いますって。え、何その疑ってるっぽい声! ひでぇ! マジひでぇ! はいはいはいはい。耳をそろえてお返ししますから。うん、今回は静かめに。じゃ、三十分後に××商店街のA通り裏で」
四件目を目撃して今日で一週間が経つと言う青年はすっかり脅えきってしまっていて手に終えない。まあ人喰を目の当たりにすれば当然といえば当然だが。アキさんはこれ以上被害者を出すのは面倒らしいが、こちらとしてはどうでもよかったりするので守るつもりはない。縋るような視線は無意味ですよ青年。
「三十分後ってどういうことだよ」
ほんの少しだけ歯を鳴らしながらも自分の寿命を訊ねたその精神は見習いたい。
「言葉の通り。三十分後に決着つくって話。俺の推測からして、あの商店街が一番人通り多いのはその時間帯だし。あ、犯人とはサシでやるからあとは好きにしてくれ。逃げてもいいし、その場で喰べられてもいいよ」
閉じられた窓から差し込んだ月明りに、笑う。こちらとしては逃げてくれた方が楽なのだが、人間恐怖を目の当たりにするとどんな行動を起こすかわかったものではない。一応、道を示しておく。料金は追加で貰えばいいや。腕時計を見やって、此処から商店街までの道程を計算した。そろそろ出ないとこちらも間に合わなそうだ。――一週間生き残れたのは恐らく、青年が押し入ったアパートの場所に在る。郊外の隅にあるボロアパート。目撃者を探し当てるほどの頭のいい、いや、鼻のいい奴なのだからこの場所はもうとっくに知られているはず。それでも手が出せないのには当然理由があり、青年は一週間一度たりとも街へ行っていない。懸命な判断だ。
「それじゃあ狩の始まりだ」
鬼さんこちら。おいしい食事をご用意してあなたをお待ちしております。