その声は消えない
安曇先生の唐突な言葉に驚いて顔を上げる。俯く前と同じ、穏やかな目とぶつかった。
「答えがみつからないことが悲しいと、テストでは答えましたよね?でも、三笠さんに は、もう自分の気持ちがわかっているようだ」
「・・・どういう意味ですか」
意図を汲みかねている私に、先生はのんびりと語る。
「自分が何を考えているのかわからなくなること、僕にもよくあるんですよ。怒っているのか、悲しいのか。誰のことを責めたくて、何にこだわっているのか。自分のふがいなさを嘆いていたはずなのに、いつのまにかすべてを棚に上げて、自分よりもダメなやつはいくらでもいると見下しては安心しようとしていたり」
数えればきりがありませんよと言って、先生は笑う。
その笑顔があまりにも寂しそうで、この人は私よりもずっと長い時間を生きてきたんだと、ふいに思わされた。
「自分の中には、本当はたくさんの人間が住んでいるんじゃないかとよく思いますよ。僕を責める声も、庇おうとする声も、全部自分の中から聞こえてきて、それぞれが好き勝手なことをてんでに叫ぶものだから混乱してしまいます」
静かな教室には、開け放たれた窓から入ってくる風だけが、外の世界に音があることを私に伝えていた。
「自分の核心、つまり本音ですね。それを探し出すのって、とても難しいんです。100人が一斉に別々のことを叫んでいる中から、たった1人の話していることを聞きわけることと同じくらい」
頷いた。自然と、そうしていた。
「三笠さんには、もう自分の声が聞こえたんでしょう?」
安曇先生の言葉に、また頷いた。何度も頷いた。
「わからないって、言ってるんです」
私の声は震えていたけれど、それはさっきとは違い、生まれたばかりの生き物があげる産声を思わせる力を感じた。
「私はただ、好きだったのに。部活が、みんなが、好きだっただけなのに。わからないって。どうしてこうなっちゃったんだって」
ああ、と息をついた。
これが、私の感情の芯だったんだ。
認められたいのも、誰かにわかってほしいのも、責めてしまうのも、必要としてほしいのも、理由はすごく単純。
すごく単純で、一番強い気持ちは、これだったんだ。
「好きだから、それだけだったんです」
音が聞こえる。心臓が、私を叩く音だ。
すぐにでも向かいたい場所へと、私を急かす音だ。
「三笠さん、お手伝い、どうもありがとうございました。もう行ってください」
安曇先生は、まだ束ね終わっていないプリントを私から隠すようにして出口を指す。
「あなたたちの放課後は、僕のそれよりもずっと貴重だ」
私は息を吸い込んで、一瞬止めたあと、先生に頭を下げて教室を飛び出す。
ただ走った。みんなが練習している場所へと、私の中の声が急かす場所へと。