誘拐犯とパンケーキ
そもそもこいつは何なのだろう。旬の家の旬の娘……使い道はいくらでもあるということだろうけど、間違って家政婦をさらってみた上、その人質にキッチン内とはいえ自由にパンケーキなんか焼かせて、それを今まさに食べようとしている。敵と分類していいのかわからない。
とりあえず私は、今度は自分のためにフライパンへ向かった。
「いい身分ですね」
「!」
いつの間に帰ってきたのか、アスがキッチンに入って来ていた。今も足音がしない。私は急な展開に恐怖を覚え、ボウルをぎゅっと抱き締める。
「クロ、いつからそんなに偉くなったのです?」
湯気の立つ出来上がったばかりのパンケーキを見てアスが言う。口の中に入る寸前で止まった、フォークに差された分のケーキもチラ見。クロはそっと皿に戻して「ブランチ」とだけ言った。答えになってない。
表情を変えずに歩み寄ったアスがばしりとその皿を払った。一瞬の出来事だった。テーブルから落ちたパンケーキは埃にまみれ、皿は二つに割れる。せっかく作ったのに、との悲しみは、近づいてきたアスによって浮き上がることはなく驚愕に上塗りされた。アスは私の手も払ったのだ。あっという間だった。曲線を抱いている限り力を入れていても滑りやすい理の通り、古びたボウルは床へ真っ逆さま。どぱりとタネが黒ずんだ床に広がった。
何もいえない私に人質という立場を思い出させ、アスは乱暴に腕を掴むと、来た道を戻り始めた。
「……火、消しておいて」
震える私の声に、擦れ違い様、クロは首だけで頷いた。