禁断の立ち食い蕎麦
カウンターの奥にその奥義を極めた人がいたのである。小生が成し遂げられなかった伝説となるはずの行為をやっていた人がいたのである。その人はよく見ると薄く透けていた。
小生はぎょっとして、カウンターの中の店員に聞いた。すると店員はこう言った。
「ああ、この女の子?ずっと前、この店の前ではねられたんだわ。いつも電柱のところに座ってるんだけど、時々おなかがすくらしくってうちに来るのよ。で、蕎麦を注文するんだけど、もうクセで立てないんだって」
よく見ると、その霊はふるふると震えていた。どうやら頑張って立とうとしているらしいのだ。
小生は思った。この霊は教えてくれたのだ。小生に『普通に生きていられることの大切さ』を教えてくれたのだ。小生はその霊と目が合ったような気がした。そして小生は軽く手を上げて蕎麦屋を出た。
しかし、誰が予想できただろうか。この小生が店の前で車にぶっ飛ばされ、自縛霊になり、その女の子の隣で座って蕎麦を食うはめになるということを……。