魔本物語
ディティアの言葉にセイは頷くが、動揺は隠せなかった。
「まさかイーマさんが裏切るなんて……」
「なにが正しいかは人それぞれなのだ。我輩はイーマの裏切りを責めはせん。我輩はわが道をゆくのみ」
「でも……」
「セイはここから逃げるのだ。そして、我輩たちの意思をできれば受け継いで欲しい」
ディティアは馬の背中を叩きなにかを言った。すると、急に馬たちが走り出し、セイとファティマを乗せた馬車は戦場から離れようとした。
「ディティアさん!」
セイが叫んだ時には、ディティアは何人ものエム相手にハンマーを振るっていた。
この場から逃げたくないとセイは思った。でも、自分には力がなくて、なにをしていいのかわからない。魔法だって自由に使うことができない。でも、戦わなければならないと思った。
歯を食いしばったセイは御者台に行って、馬の手綱をとにかく力いっぱい引いた。
「止まって!」
馬は止まった。しかし、セイの言うことを聞いたわけではなかった。
空の向こうで光が瞬いた。その光は徐々に大きくなり、誰もがそれがなんであるかを悟った。魔導砲が今になって放たれたのだ。
宇宙から飛来して来た光は太陽よりも明るく輝き、大気圏を突き抜けて空気を燃やし、全てを呑み込みながら落ちて来る。
魔導砲が大地に直撃する前に空気が揺れ、海も大地も揺れた。それはまるで全てのものが脅えるように――。
轟々という凄まじい音を立てながら落ちて来る。
今まで眠りに落ちていたファティマが急に起きだし空を見上げた。そして、輝く翼をはばたかせ、空に舞い上がると光となり、その光は世界中に散っていった。
「ファティマ!?」
なにが起きたのかセイには理解できなかった。そして、そのことを考える間もなく、目を開けられないほどの光が地上に降り注ぎ、人々は空の上で何が起こっているのか、感じることでしか確認できなかった。
セイは息を呑む暇さえ与えられなかった。
魔導砲は地面に堕ちた。
光は世界から闇を消し去り、全てを白い世界で包み、全てを呑み込んだ。
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)