魔本物語
セイが振り返るとそこには、黒いローブを着たセイレーンの女性が立っていた。その女性を見てセイは少し不思議そうな顔をした。理由はこのセイレーンの翼が黒かったからだ。今までセイが見てきたセイレーンの翼はみな純白だった。
翼に目を奪われ何も言わないセイを促すように女性が口を開いた。
「ノエルのお客さんとは珍しいわね、わたしになんの用かしら?」
「あ、あのウィンディさんの家に来てもらえませんか?」
「嫌よ」
即答されてしまった。
困った顔をしながらセイはすぐに言葉を返した。
「あの、どうしてですか?」
「あんな奴の顔見たくないの。あの男はいつもいつもわたしの研究を莫迦にするのよ。自分だって莫迦みたいな発明ばっかりしているクセにね」
どうやらこの女性とウィンディは仲がよくないらしい。
「僕はあなたを連れて来るように言われたので、どうしても僕とあなたを連れて行かないといけないんですけど」
「あの男が天敵であるわたしを呼ぶとはどういうこと、喧嘩でもしに来いってことなの?」
「それが、ウィンディさんは今金縛りみたいな術をかけられて動けなくて」
「ああ、なるほどね。わたしにその術を解いて欲しいってことね……でも嫌よ。いいざまだわ、そんな時だけわたしを頼ろうなんて虫のいい話よ」
今の状況ではこの女性はウィンディの元に来てくれそうもなかった。
女性はドアノブに手を掛けると残った手の指先だけでセイに手を振った。
「じゃあねノエルくん、あの男に一生そのままでいろって伝えて頂戴」
閉まろうとするドアにセイは足を踏み入れて止めて言った。
「あなたがウィンディさんことをあまり好きじゃないのはわかりました。でも、来てもらわないと僕が困るんです。ウィンディさんが動けるようになったら、一緒に友達を助けに行ってくれるって約束したんです。だから、僕のためにウィンディさんの所に来てください、お願いします」
ドアが再び開かれた。
「しょうがないわね、行ってあげるわ。でも、あなたのために行くんだからね」
「ありがとうございます!」
セイが誠意を込めて頭を下げると、女性はため息をついてセイを置いてさっさとウィンディの家に歩き出した。
慌ててセイも歩き出し、二人はウィンディの家に向かった。
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)