魔本物語
第2幕 風蒼々-第1話 空からの訪問者-
放浪の旅をする途中、セイとファティマは森の中に開けた小さな湖に立ち寄っていた。
燦然と輝く太陽の下で、ファティマは服を脱いで水浴びをしながらはしゃいでいた。その間、セイは湖のほとりで膝を抱えながら深い森の中に視線を向けていた。
「ご主人様も一緒に入ろうよぉ、気持ちいいよぉ!」
「僕はファティマが出てから入るから」
「なんでぇ、一緒に入ろうよ」
女の子の裸なんて恥ずかしくて見れないし、すぐ近くで水浴びをされているだけで胸が弾けそうなくらいドキドキするというのに、一緒に水浴びなんてとんでもなかった。セイは頑なに森の奥深くを眺め続けた。
「ねえっ!」
背中で声がしてビックリしたセイは思わず後ろを振り返り、すぐに両手で顔を覆い隠した。
「服着てよ、僕の前に裸で立たないでよ恥ずかしいじゃないか」
「別に裸なんて見られても減るもんじゃないし……ボクの身も心もご主人様だけのモノだよ!」
「そういう冗談は心臓に悪いから言わないでくれるかな」
日を追うごとにファティマの性格がとんでもない方向に向かっていることをセイは日々実感していた。
ファティマの性格が初めて出逢った時から徐々に変わっているのは確かで、セイはファティマの先行きに若干の不安を覚えていた。そして、セイはため息をつくのが最近のクセになった。
少ししてからセイは自分の後ろでガサゴソしていたファティマに声をかけた。
「着替え終わった?」
「おう、ばっちり終わったよ」
セイが振り向くとファティマの着替えは終わっていて、安堵感とともにセイはため息をついた。
「じゃあ、僕水浴びするから見ないでよ」
「うん」
「絶対だよ」
「う〜ん」
「悩まないでよ」
深く息をついたセイは重い足を引きずりながらも湖に向かって、ふと立ち止まって振り返る。
「見ないでよ」
「うん」
元気のいい返事をしながらもファティマはセイのことを見つめていた。
水浴びを断念してセイは首から提げていたバッグから皮の水筒を出した。その水筒のふたを開け、湖に水筒を沈めて中に水を入れた。水筒の口から出る泡が止まったところでふたを閉める。水の確保はこれでオーケーだ。
立ち上がったセイはファティマに次の町に行こうと言おうとしたが、ファティマの視線が遥か上空を見ているのを見て、セイも空の上に視線を向けた。
空の上には羽の生えた何かが円を描きながら飛んでいた。
「鳥かな?」
とセイが呟いたのも束の間。それが鳥でないことがすぐにわかった。
上空から人を乗せた羽の生えた乗り物が落ちてくる。飛行機みたいなものだろうか?
乗り物は円を描きながらクルクルと落下し、円を描くのを止めて上空で一瞬止まったかと思うと、次の瞬間には急落下していた。
口をポカンと開けるセイの首が上から下に縦に振られ、羽の生えた乗り物は水飛沫を上げながら湖に落下した。
水の粒が空気中に舞い、セイの全身は水浸しになってしまった。
「これで水浴びの必要はなくなった……」
深く息をセイがついていると、ファティマがすぐに駆け寄ってきて湖を指差した。
「すっごい、すっごい、今の見た?」
「見るもなにも、目の前に落ちたんだから」
「あれに乗ってた人平気かなぁ?」
「どうだろうね、浮いてこないけど?」
二人が湖を眺めていると水面に大きな泡ぶくが上がり、すぐに若いゴーグルをかけた男が顔を出して手をバタバタさせた。
「おーい見てないで助けてくれ、俺泳げないんだ!」
必死に叫んだ男はすぐに沈んだ。それを見たセイは慌てて水の中に飛び込み男を陸まで引き上げた。
陸に男は水を口から噴水みたいに吹くとすぐに飛び起きてセイの両手を掴んだ。
「ありがとな命の恩人!」
「見て見ぬフリができなかっただけです」
少し疲れたような顔をしてセイは正直な感想を述べると、男はセイの肩を何度も両手で叩いた。
「ありがとう、ありがとう、助かったぜ」
ゴーグルをかけた男は結わいていたボサボサの髪を解き、簡単に結わき直すと背中に生えた翼を何度もバタバタ動かして水飛沫を飛ばした。そう、この男はセイレーンと呼ばれる種族であった
男の見た目はこの世界でセイのような人種を示すノエルと変わらないが、その足は鳥のようで背中には純白の羽が生えていた。
「俺たちセイレーンは羽が邪魔で泳げないんだ。ちょうど溺れたところに人がいて助かったぜ」
セイレーンの男は人懐っこい笑みを浮かべてセイに握手を求めてきた。
「俺の名前はウィンディだ、よろしくな!」
「あ、僕の名前はセイです、でこっちが――」
「ボクの名前はファティマだよ、ご主人様の従順なる愛人」
セイの手が素早く動いてファティマの頭を撫でるように叩いた。
「愛人なんて言ったら勘違いされるでしょ! 僕らはただの旅仲間ですから、誤解しないでください」
「痛いよぉ、打つことないじゃん」
頭を両手で抱えるファティマはセイにあっかんべーをした。それを見たウィンディが笑ってこんなことを言う。
「仲のいいカップルだな」
「だから僕らはそんな関係じゃなくって」
「愛人だよ」
余計なことを言うファティマの頭に再びセイの平手打ちが炸裂する。
「話をややこしくしないでよ」
「うぇ〜ん、ご主人様が苛めるぅ」
この頃のセイの悩みはファティマの性格がとんでもない方向に向かっているような気がすることだった。
セイとファティマが夫婦漫才もどきをする中、ウィンディは湖に浮かぶ羽の生えた乗り物を見ていた。
「どうやって引き上げたらいいもんか、俺は泳げんしな……」
とウィンディはセイに顔を向けた。
「僕ですか?」
「そうかそうか、おまえが引き上げてくれるか、いやぁ、おまえっていいやつだな」
セイは心の中でなんて強引な人なんだろうと思った。そう心で思いながらもセイはバッグの中からロープを出すと湖の中に飛び込んだ。
ロープを手に持ったセイはそれを乗り物に結びつけると、陸に上がってロープの端をウィンディに渡した。
「僕らも引っ張りますから、所有者のウィンディさんが一番頑張ってください」
「俺、力仕事得意じゃないんだよな」
「つべこべ言わずに、自分の物なんですから引っ張ってください」
しぶしぶ顔のウィンディとともに、セイとファティマはロープを引いて乗り物を陸まで引き上げることにした。
乗り物は元から重さが軽かったことと、水の上に浮かんでいたことから簡単に陸まで引き上げることができた。
陸に引き上げられたその乗り物を見たセイは、やはりそれが飛行機のような物だと思った。
小型の機体は二人乗りのようで、羽はついているのだが、肝心のプロペラやジェット噴射口などがない。この乗り物にはコックピットと羽以外の物が取り付けられていなかった。だからと言ってハングライダーのような物かというと形は飛行機に近い。では原動力は何か?
「あの、質問していいですか?」
セイがウィンディに質問しようとすると、質問の内容を聞く前にウィンディが乗り物の説明を勝手にはじめた。
「そうか、やっぱりこの乗り物が気になるみたいだな。こんな乗り物は世界にこれ一つしかなから当然だろうな。なんとこの乗り物は空飛ぶ機械でな、俺が発明したんだぞ、すごいだろ?」
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)