魔本物語
真っ白な光が次第に視界の中に広がっていく。そして、ついに二人は洞窟を抜けた。しかし、そこには槍を構えた銀髪の少女が待っていた。
雪の降る白い世界に白銀の髪が溶けていた。
「童子を殺めたくない、〈ドゥローの禁書〉を渡すのじゃ」
伸ばされる少女の手。後ろからは獣人たちが迫っている。アリアは魔導書を胸に抱えて走り出した。その背後でセシルの叫びが聞こえた。
「お姉ちゃん助けて!」
アリアが後ろを振り返ると、セシルの身体は獣人たちに捕らえられていた。そして、アリアの目の前でセシルの純白の羽が無残にももぎ取られた。
耳を覆いたくなるようなセシルの叫びが白銀の世界に木霊した。だが、アリアは弟を置いて逃げた。
アリアに置いていかれたセシルは涙を流しながら獣人たちの手を振り切って逃げようとした。だが、その顔の前に鋭い爪を持つ獣人の手が振り下ろされた。
顔を抑えてうずくまるセシルは幼くして死を覚悟した。
暗闇に包まれたセシルの腕に獣人が噛み付く。
「その童子に構うな、魔導書も持って逃げた童を追うのじゃ!」
セシルは少女の声とともに自分の周りにいた獣人が去って行くのを感じた。だが、もう遅かった。セシルは動くこともできず、雪の中に身体を埋めながら意識を失った――。
「わたくしは姉を恨んではいませんよ、姉は正しいことをしたと思います」
そう語ったセシルにファティマが怒鳴った。
「弟がバカなら姉もバカだね。弟を置いて逃げるなんて酷すぎるよ!」
難しい顔をするセイはなにが正しいのかわからなかった。確かに弟を置いて逃げたのは酷いと思ったけれど……。
「家族を犠牲にしても守らなきゃいけない魔導書だったんだと思う」
静かに言ったセイの顔をファティマが顔を膨らませて見つめた。
「だからって弟を置いてくなんて酷いよ、サイテーだね、最低。セシルのお姉ちゃんは自分が逃げたかっただけなんだよ、死ぬのが怖かったんだよ、きっと」
「姉のことを悪く言わないでもらいたい」
デスクに両手をついて立ち上がったセシルの物腰は静かでいつもと変わらない。しかし、その内にはファティマに対する怒りが込められていた。そのことを感じたファティマは少し肩をすくめてセイの身体に身を寄せた。
静かに座ったセシルは再び話をはじめた。
「雪の中で気を失ったわたくしは運良くすぐに人に見つけられて一命を取り留めました。そして、身体の傷も高名な魔女医によって跡形もなく消してもらいましたが、背中に生えていた羽を失い、喰い千切られた左手は切除して義手となり、両目は光を失いました。その後、わたくしはこのハナン聖堂の前司教に引き取られました。そして、今に至る訳です」
セイはセシルの話全てに驚いた。セシルに起きた過去の出来事やセシルが花人ではなかったこと。そして、話の中に出てきた白銀の髪を持つ少女が頭の中に引っかかった。
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)