魔本物語
セイが人だかりを掻き分けて、その中心で見たのは喧嘩をしている二人だった。その二人にセイは見覚えがある一人目は昨日セイを襲った犬男、もう一人は顔をベールで隠したアズィーザだった。
「さっそくアタシに喧嘩を売りに来るとはいい度胸じゃないかい!」
「今日は痛い目見せてやるぜ!」
犬男が吼えると、彼はポケットの中からタマゴを取り出して地面に叩き付けた。すると、割れたタマゴから煙がモクモクと昇り、その煙の中に巨大な影を映し出された。
セイの横にいたファティマがその影を見て驚いた表情をした。
「マジカルエッグ……それもスゴイのが入ってる。ちなみにマジカルエッグっていうのは、タマゴの中に物体を封じ込めた物で、強大な力を持つ怪物を入れるには、それなりのぉ〜……」
ファティマは説明の途中で首を上へ向けて行く。そして、ここにいた全ての人たちの首が上へ向けられる。タマゴから出てきたモノが、それほど大きなモノなのだ。
岩みたいな鱗に包まれた長くて巨大な物体が天を突いて伸びている。簡単に例えるなら、ゴツゴツした皮膚を持つミミズ。その巨大生物のあんな小さなタマゴの中から現れたのだ。
ファティマが巨大ミミズを見ながら呟く。
「ワームちゃんだね。でも、一〇メートルくらいの小物でよかったねぇ」
「あれが小物!?」
セイが驚いた声を出すと、ファティマは大きく頷いた。
「うん、普通は五〇メートルくらいあるからね」
ワームが身体をくねらせながら動くと、近くで腰を抜かしていた犬男を下敷きにして押し潰した。その時に耳を覆いたくなるような絶叫が聴こえて、セイの足はすくみ上がった。
早く逃げなきゃ!
そう思って辺りを見回すと、すでに集まっていた人々は叫びながら逃げ出してして、この場に残っていたのはセイとファティマとセシルと、それにアズィーザだけだった。
――逃げ遅れた。
どうすることもできずセイがその場に立ち尽くしていると、信じられないことが目の前で起こってしまった。
それは一瞬だった。ワームは一瞬にして姿を消してしまったのだ。それを見たセイは目をパチパチさせるだけだった。
ワームの尻尾が建物を壊し、セシルが杖を構えてワームに向かって行こうとしたその時、ワームは一瞬にして消えてしまったのだ。
分厚い本を開いたアズィーザが何かを唱えた次の瞬間に、ワームはその厚い本に吸い込まれるようにして消えてしまった。それだけおしまいだった。
セイのすぐ横でファティマが何時になく真剣な顔をしていた。
「あの人、魔術師だよ。それもすっごい魔導書を持ってる」
そう言ってファティマは身体を震わせ、その顔色は少し悪い。
すぐにこの場を立ち去ろうとしたアズィーザの腕を掴んだのはセシルだった。
「少しお話がしたいのですが、それは魔導書ですね?」
「アタシは忙しいから行かせてもらうよ」
アジィーザはセシルの手を強引に振り払って走って行ってしまった。セシルは無理に追おうとせずにその場に立ち尽くした。
作品名:魔本物語 作家名:秋月あきら(秋月瑛)