小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

茅山道士 かんざし2

INDEX|10ページ/10ページ|

前のページ
 

 麟が用意を整えて、部屋を出ると、外には昨日の茶会に参加していた者が全員打ち揃っていた。ひとりずつ丁寧に挨拶をすると、黒と白の麒麟が並んで変化し、策明のほうに乗るように指示した。すっと、麟を乗せた麒麟たちが天空に舞い上がると、残った者たちは手を振って別れを惜しんだ。


「麟、息災でな。」
 途中で、黒麒麟はそれだけを麟に叫ぶと、ぷいっと向きを変えて天空の彼方に飛び去ってしまった。今度こそ、ちゃんとお礼を言って別れの挨拶をしようと思っていた道士は呆気にとられて見送った。「気にすることはない。角端は別れが嫌いなのだ。おまえが感謝していたことは、ちゃんと知っているから…。」
 白麒麟は麟にそう言って声をかけた。また、逃げたか、と相棒の行動に苦笑している。小さな子供を手放すような不安と寂しさを角端は味わっていることだろう。白麒麟も同じ気持ちである。
「索明さん、角端さんに、『麟がとても残念がっていた』と伝えてください。もっと、あなた方とお話ししたかったことが、たくさんあるんです。」
「それは、またいつか必ずできる。それまで待っていなさい。」
 ゆるゆると、麟の右手を気遣いながら、白麒麟は早朝の人気のない山道に降りた。そこで、人型に変わると、麟に杖とかばんを返してやった。道士が礼を言って、道を行こうとすると、屋敷まで付き添うと言って、共に歩き出した。索明は、麟の兄弟子緑青が吐くであろう怒りの言葉を少しでも、小さく治めてやりたかったのだ。
 次の街市の人狐の屋敷で、麟は緑青と再会した。結局、なんだかんだといって、一ヶ月が経過している。屋敷の主人は、麟を見て、なるほどと納得した。人間にはわからないだろうが、人狐の目には若いながらも相当に徳の高い人物であることは一目瞭然である。さすがに、主家の若長の友人というのもうなずける。主人は、自分の姪のことで礼を言って屋敷の内に招き入れた。
「あの…ご主人様、うちの師匠には、あなた方のことは…」
「ああ、そのことなら大丈夫です。私くし共の主家の若様から申しつかりまして、人間ということで通しております。なんの心配もございませんよ。」
「見ず知らずの私くしの為に、ご迷惑をおかけいたしました。お礼をさせていただかなくてはなりませんね。」
 麟が、そう口にすると、主人は大きくかぶりを振って、「滅相もない」と辞退した。主家の若様やあなたが、うちに来てくださること自体が名誉なことで、これ以上、何のお返しをいただけましょうか、と返答した。
「それに、あなたは私くしの姪の命の恩人なのですよ。そんな方から、お礼など頂ける道理がございません。」
 麟は少し困ったように、索明を見たが、白麒麟はそのままでいいからと眼で答えた。それで、若い道士は主人に向かって、「では、ご厚意はありがたくお受けさせていただきます。」 と、ぺこりと頭を下げた。

 客室で、緑青がぼんやりとしているところへ、突如、大勢の声がして主人が入って来た。その後に、先日の使者と麟が続いている。「お弟子さんが、お戻りですよ、先生。」
 主人はそう案内して、すぐに席を外した。索明が、まず、緑青に長期に渡った麟の滞在を謝罪した後に、当の麟が緑青の前に進み出て、膝を折った。
「長いこと勝手をしていて申し訳ありませんでした。もう二度と、こんなことはいたしませんから、どうか私と一緒に旅を続けてください。」
 若い道士が、膝をついたまま頭を下げて謝罪した。緑青は、ふと、その麟の右手に巻かれた包帯に眼を止めた。
「別にそんなことはいい。それより、麟。右手はどうしたんだ。」 ギクリと麟が一瞬、動作を止めた。いの一番に指摘されるとは思っていなかったことで、動揺したのだ。
「……ああ、これは、…ちょっと怪我をしたのです。たいしたことはありません。」
 右手を軽く振って、麟はごまかした。今のところ、その程度の振動でも痛いことは痛いのだが、緑青に勘繰られたくなかったので、平静な顔をしている。師匠のほうは、ふうと溜め息をついた。
「なら、いい。理由は尋ねても答えんのだろう。」
 緑青はチラリと索明を見た。索明は、その視線を感じて軽く頷いた。また、なにかがあって戻れなかったんだな、と緑青は、その索明の態度でなんとなく分かった。昨日、この男が訪ねて来て、頼んだことは、それについて不問に付すということだったのか、と理解した。
「まあ、かまわん。また、修行の旅に出ることにしよう。今回は、俺もゆっくりと休息させてもらったことだしな。」
 どう答えようかと思案している麟の頭上に、はっきりと緑青が、そんな言葉を投げかけた。それは、今までのことを尋ねないということだ。
「緑青さん…」
「いつか、おまえが話せる時になったら、聞かせてくれればいい。しかし、黙って一ヶ月も行き方知れずだったことには、俺は腹を立てているのだからな、それは忘れんように。」
 きっちりと緑青は麟に言いたいことを言うと、妙にウキウキした心持ちになった。さすがに一ヶ月は長かった。待たせた麟に腹も立つのだが、帰りたくとも帰れなかったと、索明から説明されていたので、叱るほどにも思わなかった。それに、麟が心底、謝っているのを叱りつける程に、緑青とて麟のことが憎いわけではない。きっと、だれも皆、麟を手放したくなくなるのだろうな、と緑青はおかしかった。それもまた、麟の持つ力なのかもしれない。
 緑青の様子に安堵した索明は、麟に簡単な別れの挨拶をして外へ出た。そのあとを麟が追って来て、泣き出しそうな顔で、「皆様によろしくお伝えください。索明さん、またいつか、お会いしましよう。」 と、言った。そんな麟に、白麒麟は笑いかけて、
「子供じゃないのだから、泣いてはいけないよ、麟。」
 と、言いながら肩をポンポンと叩いた。近い将来、麟に逢いに来てみようと、索明は淋しさをまぎらすために、そんなことを考えながら屋敷を後にした。 



作品名:茅山道士 かんざし2 作家名:篠義