第四部隊の制裁者
「私を止めてくれたな。あのままだったら、私は自分の言ったことも無視して、あいつを殺していたかもしれない」
手はそのままに、レイマンはウィリウムの後ろに立つ、ルイスを見た。レイマンの戦意が消えたのを感じたのか、がくりと跪いた。立っているのも辛かったようだ。
「暴走するかもしれない、ってこと……これだったんですか?」
「ああ。ウィリウム、どいてももう大丈夫だ。殺す気は失せた」
ほっとため息をついてから、ウィリウムは自分の肩に手を乗せてから、レイマンが“暴走”していた時とは違う、優しげな笑みをしていたことに気づいた。
「ルイス」
声は部屋の入り口からかかった。総指揮官ゲイル・ロードだった。ここを立ち去らず、ずっといたようだ。
「わかっただろう。もう不用意にケンカは売らないことだ」
ほら見ろ、と言いたそうな顔で、総指揮官は含み笑いまでしながらルイスを見た。
ウィリウムは精神的に参ってしまい、パイプ椅子にどっかりと座り込んだ。顔だけ後ろに向け、レイマンはまた笑った。ウィリウムの疲れようがおもしろかったらしい。
「……そういえばまだ一発残っていたな」
手にしていた銃を見下ろし呟くと、レイマンは素早く振り上げ、ルイスに向かって最後の弾を撃った。
「あっ、少佐!?」
突如響いた銃声に、ウィリウムは身を乗り出した。レイマンに続いてルイスを見る。血が、また流れていた。ウィリウムが恐れていた額ではなく、最初に銃弾を喰らった、右肩から。
「心配はない、さっき穴を開けたところを正確に狙った。盲管は肝臓ぐらいだろう」
銃をホルスターにしまい、レイマンは右肩を抑えるルイスを見た。ルイスには見えなかったが、あの静かな怒りと笑みをつくって。
「ルイス、足はやられてないな? なら自力で救護室まで行ってこい。途中で倒れようものなら、軍の一、二を争う強靭な体の持ち主の名が泣くぞ」
ルイスはレイマンを見ないまま、軽く舌打ちして、ふらつきながらも部屋を出て行った。
「それじゃレイマン、お呼び出しは終わりだ。戻っていいぞ」
「はい」
総指揮官は二人を残したまま、その場を去った。
「ウィリウム」
「はい」
第四部隊への廊下を歩きながら、レイマンが話しかけた。
「お前は、私が怖くないのか?」
少し自分より背の高いレイマンを、ウィリウムは見上げた。
「私が初めて自分の兵を殺したとき、お前はすぐ隣にいた。そして暴走した私の目の前に立った。それでも怖くないのか?」
顔を正面に戻して、ウィリウムは少し経ってから話し始めた。
「俺……少佐の気持ちわかります。人をあんなふうに殺す人を、憎む気持ち。でも、同情……できないんです。少佐のあの制裁が、怖いから……。すいません」
やっぱり怖いんじゃないか。ウィリウムは心の中で呟いた。
「謝る必要などない。同情などしてもらわなくてもかまわん。それに、私が恐ろしくて当然だ。だがウィリウム、お前は私の全てが怖いわけではないようだな」
投げやりな言い方ではなく、それでいい、と言っているような話し方だった。
「ええ。俺、嬉しかったんです」
「嬉しかった?」
レイマンが、ウィリウムを見た。
「俺、ずっと思ってました。兵士を殺さないで、戦争を終わらせられないかって。俺たちがいる部隊みたいに、無人の爆撃機とか、ロボットが戦場に行ってるから。だから少佐は、俺の叶いそうもない夢を、実現してくれるかもしれない人なんです」
ウィリウムは軍に入るとき、自ら進んで第四部隊に入りたいと申し出た。戦場に出て命を危険にさらさなくて済むし、必ず敵の兵士を殺さなければならない、ということもない。威嚇だけで済ませることもできる。
「お前の夢の実現、か……」
レイマンが、自嘲するように鼻で笑った。
「兵士を殺さないなんていう嫌われそうなルールが、まさか好かれてしまったとはな……。まあ、嬉しいということにしておこう」
レイマンの口元が、またかすかに綻んでいた。
「今は敵は生身の兵を送ってきているが、その敵もロボットを使うようになれば、兵士など必要なくなるだろう。戦争を進めている政府のやつらがロボットを操作して、ロボット同士で戦えばいい」
レイマンは天井を仰いだ。顔は無に戻っていた。
「人の命は、その人が生まれた国のためにあるんじゃない。国同士の争いに、自分の国の人間だからって、その命を巻き込むなんて馬鹿げてる。ウィリウム」
「はい」
「お前は、私について来てくれるか?」
ウィリウムは答えた。その答えを聞いた時、レイマンは嬉しさと、そうだろうな、と言いたげな悲しみの混じった、しかしやはり嬉しさが勝った表情を見せた。
俺はあの時、何と言ったんだろう。なぜかそこだけ飛んでいる記憶を、思い出すたび見つけようとする。記憶を探しながら、ウィリウムは今日も「アサシン」の起動スイッチを入れた。