第四部隊の制裁者
「いいか、レイマン少佐。民間人でも、敵になるやつのほうが多い。そういうのを早めにつぶしとくのも、兵の仕事だぜ」
塔のように高い建物に、ミサイルが当たった。ゆっくりと上部が、走る人がいる道路へ倒れていく。倒れる向きまで計算して、ミサイルを撃ったのだろう。
「……!」
ウィリウムは、膝の上に置いていた手を握り締めた。ここまで関係なく、人という人を殺す人間を、ウィリウムは初めて見た。ダンの比ではない。隣のレイマンは足と腕を組んだまま、微動だにしない。もちろん目線はあの画面だ。不動なのは表情も同じだった。
なぜ少佐は何も言わない? あそこまで人を殺すのを見逃さなかった少佐が。目の前で何十人と倒れていっているのに、どうしてそんな無表情でいられるんだ?
ウィリウムが少佐に叫びたい気持ちを抑えきれなくなったとき、レイマンが動いた。流れるような動きで組んでいた手足をほどくと、靴音を隠そうともせずルイスに近づいていった。人殺しに夢中のルイスは、まったく気づいていないようだ。
右腰近くに吊っていたホルスターから、レイマンは二人の兵の命を奪った拳銃を取った。そしてそれをルイスの後頭部に突きつけ、撃鉄を引いた。忙しく動いていたルイスの腕が、にわかに止まった。
「……何の真似だ? レイマン少佐」
「何の真似もしているつもりはないが。あえて言うならお前の真似かもしれんな」
ルイスは手元のスイッチをいじった。上部で光っていたランプが消え、代わりに別色のランプがついた。「アサシン」を操縦しているウィリウムにはわかる。ルイスは「アサシン」を自動偵察状態にしたのだ。
「立て。立ってこちらを向け」
「おいおいレイマン少佐、ずいぶんとやることが派手だな」
おどけたように両手を挙げ、ルイスはゆっくりと席を立った。レイマンは、ルイスが即座にこちらを向き、その体格に合った力で銃を取られるかもしれないと思ったのか、少しずつ後ろへ下がっていた。
「言ってなかったかもしれんが、俺の階級は中佐だ。悪い立場にいるのはどっちかな?」
やっとこちらを向いたルイスは、操縦席から一歩、二歩と離れた。お互いが磁石であるかのように、レイマンも同じだけ引いた。
「階級など関係ない。私は一人の人間としてお前に銃を向けている。ルイス・オーリ、お前は私が自分の部隊に課した、私のルールを知っているな」
「ああ、あんたが作ったルールは、軍隊のもんじゃないようなルールだからな」
階級が上だと言った矢先からフルネームで呼ばれたルイスは、いつの間にか立ち上がっていたウィリウムが見ても、完璧に怒っていた。
「なら、お前が今までしていた行為は、私に対する精神的な暴行かな?」
ウィリウムの目に、わずかに首をかしげたレイマンの顔が映った。怒りを湛えた笑みが、そこにあった。
「そう受け取るんならそうしておけ。俺は見本を見せたまでだ」
レイマンとは対照的な爆発しそうな怒りが、引きつった顔に表れていた。
「そうか。だが私は人を殺されると、それが楽しそうにやっているとなると余計に腹が立つ。お前のように階級が私より上だとしてもな。だが私も軍人だ。自分が不利になるようなことはしない。お前を今この場で殺す、ということはな」
殺しはしない、とレイマンは言った。だがあのレイマンがここまで来て、銃を使わないというのはありえない。ウィリウムが思考を巡らせていたその時。
レイマンが身を屈め、ルイスに向かって駆けた。あまりにも突然で、それでいて無駄のない動きだったので、ウィリウムは呆気にとられた。全く動かなかったところから、ルイスも同じだったのだろう。レイマンの倍もあるルイスの腕を右手でつかみ手元に引き、駆けている間に持ち替えていた左手の銃をその右肩に銃口が見えなくなるほどめり込ませ――――
第二部隊指揮官の肩から斜め上へ、いびつな血の花が一瞬咲き、消えた。
「ぐっ……!」
ルイスが呻いた。素早く銃を肩から離すと、つかんでいた左手首を、レイマンはゴミでも投げるように離した。質素な色の軍服を、血が鮮やかな色に染めてゆく。
「きっ、貴様……!」
「盲管にしなかっただけありがたいと思え」
肩を抑えるルイスを見る眼差しには、静かな怒りがあった。
「中佐に銃を向けて、ただですむと思って……!」
再び銃口があがった。と同時にそれは火を噴いた。放たれた弾は、ルイスの左頬の肉をえぐった。
「があっ!」
今度は完全な叫び声だった。新たにできた傷に手を回すが、頬からの血は既に床に二、三滴落ちていた。
「死よりも苦痛なものが、わかるか?」
レイマンの腕が、また別の場所に狙いを定めた。見る者を恐怖に落とし入れそうな怒りと笑みは、まだそこにある。三発目の弾は、ルイスの頭髪と頭皮を道連れに、壁に穿たれた。
「死の寸前の、肉体の苦痛だ。四肢を切断された痛みを伴いながら、それでも生きることだ。苦しみ続けることが、死の恐怖をも超える」
四発目。今度は左肩の肉が弾の分だけ消えた。
「お前は、民間人を殺した兵を、私がためらいもなく殺したことを知っていたはずだ。その上で私に見せつけるとは、それなりの勇気があったんだと思ったんだが、そうでもないらしいな」
ルイスの顔にはまだ怒りが残っていたものの、レイマンを見る目は、まるで化け物でも目の当たりにしているような、恐れがあった。
「この、人をいたぶって楽しむ狂人が……!」
かすれてはいたが、はっきりとした声だった。ルイスの精一杯の虚勢だったのだろう。その途端、レイマンが初めて怒りをあらわにした。
「黙れ! 人を人とも思わん貴様に言われたくない! いたぶるどころか、殺して楽しんでいるのは貴様だろう! 敵国にいる人間だからという理由で、命の価値はそんなに変わるのか? 死を垣間見たことも、命がどういうものかということも知らん貴様に、同類を簡単に殺す資格などない!」
最後の叫びと同時に、レイマンは五発目を放った。それは腹に食い込むと、今までで一番大量に、血を噴き出させた。肝臓に命中したのだ。
「さあ、最後の弾を、どこに撃ってもらいたい」
銃口は、ルイスの額を捉えていた。腹を押さえている手指の間からは、絶え間なく血が流れ続けている。
「っ、少佐!」
ほぼ衝動的に、ウィリウムは駆け出し、レイマンの前に立ちふさがっていた。唐突な乱入者に、レイマンは目を見張り、わずかに腕を引いた。
「もうこれくらいでいいでしょう? 中佐だって、もうわかってるはずです。あなたを怒らせると、どういう目に遭うか」
実際、突き動かされるようにレイマンの前に立ったウィリウムだったが、落ち着いてくると、だんだん恐怖がこみ上げてきた。かばったために、一緒に撃たれるのではないか。そんな思いが、あとからあとから湧いてくる。
いつもの無表情に戻っていたレイマンは、しばしウィリウムを見つめた。声を出すのも怖くなったウィリウムは、必死に表情だけで訴えた。ルイスを、これ以上撃たないでくれ、と。
「…………ウィリウム、感謝する」
ふとレイマンが目を伏せたかと思うと、銃を持たない左手が、ウィリウムの肩にそっと乗せられた。