第四部隊の制裁者
「……ん、あれは標的を護衛してるやからの一人だ。前に見たことがある。ウィル、見つけたぞ」
「ああ、こっちにも映ってる。やるか?」
「もちろんだ」
ウィリウムとダンの「アサシン」は、標的がいると思われる町の上を飛行していた。二人は攻撃準備をして、先に砲撃をしたのはダンだった。ウィリウムの画面の中で、例の人物のすぐそばにあった建物が、大きく吹き飛んだ。共に灰色の煙も発生する。
「お、おい! お前ミサイル使ったのか!?」
驚いてダンを見ると、その顔は狂喜という言葉で表すのに最もふさわしい状態になっていた。ダンはいつもこうだ。人間を、同類を殺すことを一番の楽しみにしている。生活上は普通なのだが、いざ戦争に赴くと、本性が現れる。この状態のダンには、ウィリウムはいまだに慣れていなかった。もちろんこの後の出来事で、慣れる必要はなくなるのだが。
「なんだウィル、そういうお前はどうやって仕留めようとしてたんだ」
そういうダンの視線は、画面に釘付けだ。会話のために振り向くのも惜しいと思っているのか。
「お……俺は普通の銃撃で」
「馬鹿言え、そんなんじゃいつ当たるかわからねえぞ。ここは一気にどでかいのでやるべきだ。……ちっ、こいつしぶといな、まだ走ってる」
先ほどの瓦礫の雨を、なんとかしのいだらしい。土煙の中から、今標的にしている人間が走り出してきた。
「もう一発……これでどうだ!」
「待てダン! やつの向かってる方に人が!」
一回目の建物の爆撃で、ほとんどの民間人は逃げていた。だが突然のことに驚いたか、立ちすくむ影が見えたのだ。
「やつの足を止める。目の前にぶち込んでやる!」
「ダン! 見えないのか、やつの前には民間人がっ……!」
無駄だった。殺人狂と化した今のダンに、制止の言葉が聞こえるはずがなかった。
ダンのほうを向いていたウィリウムの横の、小さ目の箱の中で、二つ目の煙が上がった。
「ダン……お前……」
見たくなかった。追っていた標的は死んだだろう。だがその前にいたあの人間は?
ダンが民間人を殺すのは今までもよくあった。だが今は少佐のあのルールがある。それが余計、一体これから何が起こるのだろうかと、恐怖をあおった。
聞きなれたはずの靴音が、妙に響いた。ウィリウムたちの後ろに、レイマンがいた。
「少佐……」
自分が殺したわけでもないのに、ウィリウムはおびえたようにレイマンを見上げた。レイマンは少佐と呼ばれたからか、ウィリウムを見たが、その目はすぐ隣の殺人者に移った。
「よっし! やったぞウィル! 今ので確実に護衛の一人は消えた! そういややつの前に一人いたが、あれも兵士だったか?」
「違う……。ダン、あれは民間人だった」
体を横にしているため、レイマンは顔を上げればすぐ視界に入る位置にいる。それをウィリウムは避けたかった。この言葉を言うのも怖い。いつの間にか、二人から顔を隠すように、首をうなだれていた。
「民間人だったのか? まあいい。逃げなかったほうが悪いんだからな」
「っ、違う! あの人はお前の爆撃に驚いて、それで足が――」
ウィリウムの叫びは途中で止まった。ダンの頭上に、無機質な何かが現れていたからだ。それを見たとき、ウィリウムには正体がわかっていた。だがあまりにも突然すぎて、存在を認めたくなかっただけだった。
「お前はルールを破った。死をもって償えと、私は言った」
その言葉の最後と同時に、にぶい銃声が響いた。ダンの体が跳ねた。レイマンが、後頭部寄りの頭頂に押し当てていた銃口をそこから離すと、ダンは糸を切られた人形のように、操縦桿のほうへ倒れこみそうになった。レイマンがその寸前に、ダンの体を後ろから手を回して支え、そのまま床へと放り投げた。頭部から流れ出る血液と脳髄液が、薄汚れた地面に広がっていった。
「少佐、あなた……!」
何が起こったのか、一瞬だけわからなかった。すぐにわかったのは、ダンは死んだということだ。
「見ればわかるだろう、ウィリウム・ケストナー。頭頂部から延髄を破壊した。ダニエルはルールを破ったからな。その場合の制裁も言ってあったはずだ」
簡単に延髄を破壊したとは言うが、いくら至近距離でも、そう楽に延髄を狙えるものではない。このレイマンの銃の腕は、かなり高いものなのだ。
「ダッ……ダン!?」
周りの仲間が集まってきた。この場で銃を手にしているのはレイマンただ一人。そしてダンが一発の銃弾で死んでいるのを見れば、ダンがルールを破り、レイマンが宣言通り死をもって償わせたのは明白だった。
「言ったろう。必ず殺すと」
以後、この駐留軍隊で初めて、自分の部隊の兵を殺した指揮官として名をはせるカールス・レイマンの顔は、やはり無だった。
「ねーミリア、標的の護衛がこの喫茶店に入ったまんま出てこないんだけど」
「あたしたちから逃げてるんだよ。そこにいる限り、多分出てこないよ」
「えー? せっかく見つけたのに……」
第四部隊でのミリアの友人、エラ・ミールは、心底がっかりしたようだった。操縦桿から手を離し、勢いをつけて椅子にもたれかかる。
「……威嚇ならいいよね」
「は?」
ミリアは少し呆けた声で返答していた。とびっきりの名案を考えついたような、嬉しそうな顔で、エラは再び操縦桿を握った。
「少佐のは殺すなってルールでしょ? なら威嚇ぐらいはいいはずだよ。近くの建物を壊して、中にいる人を出てこさせる」
「それで人が死んじゃったらどうするの?」
「だいじょーぶだって」
エラの売りである楽観的なところが、彼女のその後の運命にとって、悪魔となった。
「そーら……出てこい!」
喫茶店の向かいにある低めの建物に、エラはミサイルを放った。この地域はエラたちが先ほどから偵察していた地域だ。先ほど別の「アサシン」が、近くに砲撃をしたため、その建物からは人が全て消え、ついでにシャッターまで下ろして行ったのを確認している。
すぐ隣の建物が倒壊し、慌てたように喫茶店から数人が出てきた。だが護衛らしき人影はいない。
「ちえ、出てこないや。えーいめんどくさい!」
二発目のミサイルの照準が、建物に当たった。ミリアはエラのその画面を見て、叫んだ。
「エラ! ちょっとそんなことしたらっ……」
「だいじょーぶ、あたし今まで建物壊して、ついでに人死んだことある? あたし結構運あるんだよ」
変なところに運があるのを、友であるミリアは知っていた。だがその時ミリアには、いつになく嫌な予感がしていた。
「お願いやめてっ! エラ!」
自分でもおかしいと思うくらいの焦りようで、ミリアは再び叫んだ。しかしエラは「今日変だよ、ミリア」とミリアを見て、ミサイルを放った。建物が爆散した。
エラが狙った部分は、建物の上部だった。中に人がいても、逃げ切れる余裕はある。残っていたらしい人々が、四方八方に散らばっていく。その中に、標的がいた。
「見ーつけた! 殺しちゃだめなら威嚇して……」
エラが嬉しそうに笑い、操縦桿に力を込めた。それが合図だったかのように、標的がばたりと倒れた。
「……え?」
エラは呆然と呟いていた。標的のかたわらに、巨大な建物の欠片があった。