Under the Rose
02.通り雨(2/4)
「(……何の話してるのかな、桂ちゃん)」
同じニュースを流し続けるテレビの電源を切り、沙耶は電話片手に貧乏ゆすりを繰り返している桂の方に向き直った。
右手に携帯電話を持ちながら、自由な左手は壁を相手に時間を刻むように動きつづけている。
顔は見ずともわかる。
きっと、眉を寄せてこれ以上ないくらいに嫌そうな表情をしているのだ。
沙耶の位置からは相手の声は聞こえない。つまり、桂の発言からしか電話の内容を予想できない。
わざわざそんなことをする必要こそないが、一人待たされている沙耶にとっての退屈しのぎはそれしかないのだ。
そうやって考えを巡らしていた沙耶だったが、彼女の頭の中で内容がはっきりと形になる前に、電話は終わった。
「そう」
一言そう言ったあと、相手の反応を待たずに電話を切る桂。
せいせいしたわ、とばかりに沙耶の方へと電話を投げ、同時に視線をも投げかける。
「姉さん」
「うん?」
「今日の天気はどうだった?」
「午後には雨がやんで、夜には晴れるってさ」
「そう」
短く言葉を返して(刺々しさが感じられなかったところを見るに、一応感謝の意はこもっているらしい)、間髪を入れずに今度は
慌ただしく部屋中を移動する桂。自らのコートを引っ張り出し、椅子にかけてあるマフラーの上に重ねるようにして積む。
そして、どこからか古めかしいトランクを引っ張り出して、その中をあさり始めた。
「あった」
ぐちゃぐちゃになった荷物から引っ張り出したのは、鞘に収まった比較的大き目のナイフ。
どういう見方をしてもおふざけで使うようなものとは思えないそれを、桂はコートの中に隠すようにしまう。
武器を用意しているということは、先ほどの電話は仕事の依頼とみてほぼ間違いないのだろう。
今までこの地でこなしてきた仕事のレベルと比べると、多少用意が大げさすぎるような気もするが。
ぱたぱたと走り回る桂を目で追いながら、沙耶は聞いてみた。
「嬉しそうだね。一体どういう電話だったの?」
棚の上の鍵を探していた桂の動きが、その言葉を聞くなりぴたりと止まった。
直後に聞こえてくるのは、しゃくるような、腹の底から笑っているような声。とはいっても声はほとんど出ておらず、わずかに肩が震えるのみ。
正直いって、はたから見れば相当不気味な後姿だった。どこぞの童話に出てくる悪い魔女のようである。
しばらくして、笑いをこらえるようにしてゆっくりと振り返る桂。
これ以上ないくらいの――どこか悪どさすら感じさせる笑顔を浮かべて、彼女は言った。
「来たのよ。……退屈しそうにない仕事が、久しぶりに」
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴