珈琲日和 その9
そう言われた峰子さんは一瞬なんの事だか誰に言われたのかわからないような顔をしましたが、私よ私と言うマリさんの顔をじっくり眺めてからあ!っと叫びました。
「えー嘘っ!マー君?! マー君なの?!」
喜ぶ峰子さんに渋い顔をした渡部さんが聞きました。
「なにその下手な呼び名? 誰だよマー君って?」
「もちろん、私よ」
しれっとマリさんが答えて峰子さんの横に座りました。渡部さんは困惑した顔で助けを求めるように僕を見てきました。僕は苦笑いをして言いました。
「マリさんは元はマリオさんとおっしゃいます。お父様がイギリス系のハーフなんだそうですよ」
「マー君とは遥か昔、随分若い時に付き合ってた事があるのよ。同じモデルの仕事をしていた事があって仲良くなったの」
峰子さんがはしゃいで報告してきました。その峰子さんを横から見つめながらマリさんがしれっと言いました。
「峰子はいい女になったわね。あの時も綺麗だったけど、今の方がもっと綺麗よ。いい感じに歳を重ねてきたのね。結婚おめでとう」
「ありがとう。マー君は随分変わったけど、相変らずね。そのぶんじゃ未だ年齢性別問わず色んな人と遊んでるんでしょ? 昔からそうだったもんね」
「んー・・・まぁね」
「ほどほどにしときなさいよ。好きな人なんて1人で充分なんだから」
「まったく。峰子には敵わないわよ」
そうは言ってもマリさんは嬉しそうに笑って峰子さんを見ていました。マキアートをお出ししながら、そうだったのか、マリさんと峰子さんは付き合っていたのだと正直ちょっと驚きました。言われてみれば美男?美女で当時はさぞかしお似合いだったのでしょう。
渡部さんはどう反応していいのかわからないようで固まってしまい、黙ってカフェモカを啜っていました。それには構わず2人の女同士のお喋りは盛り上がっていました。
「それはそうと、峰子、あんたいい加減自分の旦那の好みくらい覚えなさいよ。いくら結婚して安泰だからって、油断してたらすぐに他の優しい相手に寝取られちゃうんだから」
渡部さんがまたしても咽せ始めたので、僕はそっとお水を差し出しました。
「え? なぁにそれ?」
「あんたは昔からちょっと相手の気持ちに対して鈍感なところがあるから、近い人に程気をつけなさいよ。私達が別れたのだってそれが原因なんだし」
「そうだったんだ。全然知らなかったわ」
「相手が峰子にとって特別な存在なら思い遣るのは簡単な事でしょ?」
「うん。ありがとう。まさかマー君にそんな助言を貰うなんて思ってもいなかったわ。お互いに随分大人になったのね」
「そうよ。年月は流れて経過していくだけ。今を楽しく生きて先を大切にしなきゃ」
と、ここで僕がさくらんぼの実る頃をかけたのです。